~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅴ』 ~ ~

 
== 『 叛 乱 』 (上) ==
著 者:立野 信之
発 行 所:㈱ぺりかん社
 
第七章 二十六日朝ダト都合ガ良イト云ッテ居マス
第七章 (4-02)
ちょうどその時刻に、歩一では、週番司令の山口大尉が赤い週番肩章を肩から斜めに吊って表門の衛兵指令所に巡察に来ていた。
「── 異常はないか」
「── ありません!」
衛兵司令も控えの衛兵も、直立不動の姿勢をとっている。
週番司令は衛兵司令を、それから兵隊たちを、ゆっくりと見廻した。次に衛兵所内のそちこちを点検して歩いた。それも、ゆっくりとである。いつもの山口大尉に似合わしからぬ行動だった。いつもはごくあっさりと、時には冗談口を叩いて帰る人であった。
衛兵司令と兵の顔には、怪訝けげんそうな色がうかんだ・
── おかしいぞ・・・酒に酔ってでもいるのかな?
だが、週番司令は別段酒臭くはなかった。二、三度ゆっくりと衛兵所を見廻すと、すーっと面へ出た。
「── 敬礼ッ!」
衛兵司令の声がおどりあがった。兵隊は、赤い肩章を吊った週番司令の後姿に向って、しゃちこ張った挙手の敬礼を送った。
と、週番司令は何かを認めた風で、つかつかと表門に方へ歩いて行った。黒い外套に身を包んだ面長な男が衛兵の前に立っていた。
「ああ、君か」と週番司令の高く張った声がひびいた。「ちょうど巡察に来たところだ。いい所で会った・・・まあ、入りたまえ」
衛兵は、週番司令が声をかけた男を、捧げ銃のまま見送った。
黒い外套の男は無言で門内に入り、週番司令の後について歩いた。長い顔には太い口髭が見えた。
「オレのお客さんだ」
週番司令は、衛兵司令にそう声をかけて、通り過ぎた。
太い口髭の男は西田であった。
山口が電話で呼んだのである。表門の巡察に出かけたのは、連隊内では札つきとして知られている西田の名を、面会簿に記入させたくないための計略だった。
二人は週番指令室に入ると、ごく親しい、寛いだ気分になった。
「今日は日曜日でヒマなもんだから、来てもらったんだが・・・どうも、奴ら、やりそだ。やるとすれば、僕の週番中に必ずやるね・・・」
「何か、確証が掴めたのですか」
西田が聞いた。
「いや、何も・・・」山口はかぶりを振って、「奴等、僕には何も話さない・・・昨日、君が帰った後、村中と磯部がやって来て、仮定として今クーデターが起ったらどうするか、と聞くもんだから、僕の仮定として時期が悪いとか、殺人目標が多すぎるとか、いろいろ批評してやったが、村中と磯部の態度は、いつものペーパープランで『やる、やる』と言っている時と違って、相当真剣なものが感じられた。計画も、十分練ったふしがある・・・一体、奴等は、どこで会合を開いているのか、相当頻繁に会ってると僕はにらんでいるんだが・・・どこでやってるのか確証がつかめないんだ」
「そうですか」西田は溜息と一緒に言葉を押し出した。「もうそうなれば致し方ありません。事が起これば、私も立場上非常に困難ではあるけれども、何とかして早く事態の収拾がつくように努力しましょう・・・事が起こったら、一刻も早くお知らせ願えれば結構です」
「そりゃ、もちろんすぐ知らせるが・・・」
二人は事が起こった場合の事態の収拾方法や、チラホラ話の端々から判明している襲撃目標などについて、一時間ほど話し込んで、別れた。
山口は、表門まで西田を送った。
2022/02/27
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