~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅴ』 ~ ~

 
== 『 叛 乱 』 (下) ==
著 者:立野 信之
発 行 所:㈱ぺりかん社
 
第八章 何もかも順調に行っている・・・成功だ
第八章 (6-01)
時間が刻々と過ぎた。
午前一時四十分 ── 湯河原の牧野を担当している河野大尉が、下士官一、兵一、それに民間の同志五名を連れ、軽機二挺をもち、自動車二台に分乗して、雪の中をひそかに出発した。
第一陣である。── 順調に行けば、午前五時には湯河原に到着する予定であった。
雪は相変わらず霏々と降りつづいている。
午前四時 ── 各隊毎に非常呼集で起された下士官兵達は、異常に緊張した面持ちで黙々と装具を身につけ、渡された実包を弾薬盒につめ込んだ。
磯部は各中隊を見て廻った。
すでに一切の準備を完了して、出発せんとする者、出発前の訓示を受けている者、訓示も準備も終わって、休憩している者など、各隊毎にまちまちであるが、みな一様に落着いていた。
── これなら大丈夫だ。きっと成功する!
磯部は胸の中で、ひとり肯いた。
時間からいえば、河野隊はすでに小田原附近を通過している頃であった。各隊の連絡、協同統制は立派にとてれいる。
首相官邸を担当している栗原部隊が先陣を承って、先ず出発した。林少尉、池田少尉が小隊長としてこれに加わり、豊橋教導学校から計画挫折のため急拠上京して来た対馬中尉がそれに参加していた。
つづいて陸相官邸を担当する丹生部隊 ── これには陸軍大臣との折衝の任務を帯びている村中、磯部、香田大尉が入っていた。懸念された衛門での小ぜりあいもなく、歩一の蹶起部隊は霏々として降る雪の中を、溜池の方に向かって隊伍粛然と行進して行った。
一方、歩三では、侍従長官邸を担当している安藤部隊が、襲撃目標の距離の関係からすでに午前三時に非常呼集を行って出発。第三陣として斎藤内府邸を担当する坂井部隊と、警視庁を担当する野中部隊の准士官以下約五百名とが、それぞれ目的場所に向って行動を開始した。
また輸送の任務を担当する田中隊は、夜間自動車行軍をかねて靖国神社参拝と称し、下士官十三名と共に乗用車一台、トラック三台、オートバイ一台を指揮して、午前二時三十分、鴻ノ台を出発し、途中靖国神社に祈願をこめてから、指示された陸相官邸に向った。
2022/03/17
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