~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅴ』 ~ ~

 
== 『 叛 乱 』 (下) ==
著 者:立野 信之
発 行 所:㈱ぺりかん社
 
第八章 何もかも順調に行っている・・・成功だ
第八章 (6-02)
歩一の週番指令室では、酔っ払って寝ている山口大尉が、週番副官と衛兵司令の手で無理やり引き起こされた。山口もようよく眼をさました。
「何だ!?」
山口は頭をふり、眼をこすって言った。
「 何がじゃありません。機関銃隊が非常呼集を行って、弾薬庫から弾薬を持ち出して出掛けたんです・・・どうしますか」
週番副官が詰め寄るように言った。
「どうしますって、出て行ってからオレにそんなことを言ったって、どうにもならん・・・なぜもっと早く報告しなかったか」
副官はあきれ顔に、ちょっと押し黙った。
「三十分前から、何度もお起ししたんです」
衛兵司令がワクワクした面持ちで、口を尖らせた。
「機関銃隊が非常呼集して、弾薬庫から弾薬を運搬している最中に報告に来ました。そしたら週番司令殿は、お起きにならないで、ほっとけ、と言われました・・・」
だから衛門を出て行くのを、手をこまねいて見送るより外なかった。と言いたげな様子である。
「三十分も前に起こした? オレが、ほっとけ、と言ったって?」山口は眼を丸くして、かぶりをふった。「そんなことは、オレは知らんぞ・・・オレは知らんぞ!」
「今更、知らんと言われては困ります・・・たしかにそう言われました」
衛兵司令はくまで言い張った。
「そうか」山口は酒臭い溜息と一緒に言葉を押し出した。
「今ここでお前と口論していても始まらん・・・とにかく機関銃隊は、弾薬庫から弾薬を持ち出して、全員出て行ったのだな」
「そうであります」
衛兵司令が答えた。
「それでは兵器委員助手の石堂軍曹は、どうした?」
「栗原中尉その他の将校に腕力で脅迫されて、弾薬庫の鍵を奪い取られたんです」
「よし、石堂軍曹を呼べ」
山口が水を飲んだり、酔い覚ましに冷水で顔を洗ったりしている間に、石堂軍曹が連れて来られた。
石堂は異常な出来事の衝動と、責任感から興奮し、青ざめた顔をしていた。
「どうした、石堂?」
「はァ、羽交い絞めに縛られまして、弾薬庫の鍵を奪われました・・・死ぬまで抵抗しなかったのが、自分の落度であります」
石堂は頭を垂れた。興奮で、手足がブルブル震えている。
「死ぬまで抵抗したって、そうなりゃ、ダメだよ。むしろ不可能だ」
山口は言いながら、石堂は責任感から自害するかも知れない、という気がしてきた。
「よし、お前は、いまからここに居れ。週番司令の命令だ・・・この部屋から一歩も外へ出ちゃならんぞ・・・分かったな」
「ハイ、分かりました」
石堂軍曹は涙のにじんだ眼を伏せて、また頭を低く垂れた。
「衛兵司令」山口は、今はすっかり自分を取り戻したキッパリとした口調で命じた。「只今から連隊の非常呼集を行う・・・すぐ喇叭手に呼集を命じろ!」
「はッ」
衛兵司令は、週番指令室を飛び出した。
まもなく営庭の真中で非常呼集の異常な喇叭の吹奏が鳴り響いた。
2022/03/19
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