~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅴ』 ~ ~

 
== 『 叛 乱 』 (下) ==
著 者:立野 信之
発 行 所:㈱ぺりかん社
 
第十章  人無し、勇将真崎あり、
国家正義軍のため号令し、正義軍速やかに一任せよ
第十章 (2-03)
満井が九段の戒厳令司令部に赴くと、石原参謀はまふぁ起きていた。
そこで彼は村中を招致して部隊引揚げを説得した顛末を伝え、それについての配慮方を依頼したうで、意見を述べた。
「なお、維新内閣の実現が、急速には不可能な場合は、御勅語の渙発かんぱつをお願い申し上げて、建国精神の顕現、国民生活の安定、国防の充実など、国家最高の御意志を御示しになることが必要だと思います。そしてそれに呼応して、すみやかに事態の収拾を計られるよう希望します」
「参謀次長に進言しよう」
石原は、引き受けた。
だが、その意見具申は、杉山参謀次長から頑としてはねつけられた。
「陛下に、陸軍からそのような事項を希望することは、断じていかん!」
石原は、そのまま引き退った。
その頃、陸相官邸の広間では、村中を中心に野中、安藤、磯部、栗原らの蹶起将校が集まって、満井中佐から示された部隊の引揚げ問題を討議していたが、意見は硬軟二派に分かれた。
「とにかく歩一に一ト先ず引揚げよう、皇軍相激は、何としても出来ん事だから」
村中がおだやかに諭すように言うと、磯部が激昂を面に現して、
「皇軍相激が何だ!」と喚いた。「相激は、むしろ革命の常道ではないか。そんなことを怖れて、革命の成功が出来ると思うか・・・オレはいやだ・・・若し同志が引揚げるならば、オレは一人でも踏みとどまって、討死する!」
磯部は、もし情況が悪化すれば、田中隊と栗原隊とをもって出撃し、策動の本拠と目される戒厳司令部を転覆させる覚悟だ、と述べた。
「オレも磯部の説に賛成だ・・・維新の実現を見ずに兵を退くことは、断じて出来ん!」
安藤も眼鏡を光らせて、重々しく言葉を押し出した。
引揚げ問題は、完全に割れてしまった。
磯部は栗原と一緒に、首相官邸に引き籠った。
すげに夜のうちに第一師団の甲府、佐倉、水戸、つづいて第十四師団の宇都宮、高崎の各連隊から、一部の部隊が演習名義で東京に招致され、警戒配備についていた。mた海軍の横須賀警備戦隊は東京湾警備を命ぜられ、二十六日午後には芝浦に到着し、陸戦隊の一部が上陸して海軍省の警部についていた。その他第一艦隊、第二艦隊が東京湾及び大阪湾警部のために、二十七日には到着する予定であった。
つまり事態の最悪の場合を考慮して、叛乱部隊に対する包囲態勢を整えたのだった。
2023/01/19
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