~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅴ』 ~ ~

 
== 『 叛 乱 』 (下) ==
著 者:立野 信之
発 行 所:㈱ぺりかん社
 
第十一章  写しでない、本物の奉勅令を持ってきた
第十一章 (6-01)
「── どうだった。安藤部隊の様子は?」
せきこんだ様子で陸相官邸に帰って来た村中の姿を見ると、磯部が同じようなせき込み方で、そう聞いた。
「磯部、やろう!」村中は白い額に殺気をみなぎらせた。「安藤も坂井も、絶対に退かんといっている・・・安藤部隊の気勢はあがっていて、団結は固い・・・幸楽の附近は、今にも敵の攻撃を受けそうな気配だ。もうこうなったら後へは退けんぞ・・・のるか、そるか、やろうじゃないか」
「よし、やろう!」
磯部は二義に及ばず賛成した。
磯部の胸には、包囲部隊の攻撃準備配置に対する憎悪が、燃えさかっていたのだ。── まだ奉勅命令の出ない先から、あの攻撃配備は何事か・・・あのおびただしい挑戦的な戦車の動き、厳丈な鹿砦、軍隊の増強・・・あれは一体何のためのものだ!?
このように大部隊に二重にも三重にも取囲まれていたのでは、勝敗の帰趨きすうは明瞭である。だが一死をもって百千に当たる気魄をもってすれば、死中に活が開けないとは限らない。死闘を続けているうちには、全国各地に散在している同志将校が、それを伝え聞いて馳せ参ずる機会にめぐまれるかも知れない。要するに革命なのだ。天下分け目の革命戦争にまで持って行くのだ・・・不幸にしてせん滅されたとしても、それで本望だ。蹶起将校が全部殺されても、全国に散在する同志が革命の種子となり、諸処方々で芽をふき、やがて勢力を結集して第二段、第三段の革命が起こるだろう・・・要するに自分らは、革命の捨石になればそれでいいのだ。それが死であろうと、何であろうと構わない・・・少なくとも、勝敗を事前に計量して自決して果てるよりは、まだましだ!}
磯部はそう自分の気持を割り切ると、いそいで陸相官邸を飛び出し、首相官邸へ取って返した。
首相官邸では、栗原中尉も安藤部隊での会合から帰って来て、部下に戦闘準備を命じたところだった。
「栗原、やろう!」
「やりましょう!」
栗原はいまは完全に戦闘意識を取り戻していた。
磯部は、市川野重田中隊と行動を共にすることにしたが、これは車輛隊で、兵隊があまりに少なすぎた。
「おい、栗原・・・オレに一個小隊貸してくれんか」
「いいでしょう、貸しましょう」
栗原は快く同意した。
磯部は、田中隊と栗原部隊の一小隊を指揮して、直ちに近くの閑院宮邸附近に位置した。
が、夜になって、常盤、鈴木両部隊と共に行動し、陸相官邸附近を守った。坂井、清原部隊は陸軍省、参謀本部附近、栗原、中橋部隊は首相官邸附近、丹生部隊は山王ホテル附近、安藤部隊は幸楽附近・・・野中部隊は予備隊として新議事堂に、それぞれ位置した。
黄昏れとともにまた降り出した雪の中で、永田町台上一帯の住民は立退きをはじめた、赤坂見附、半蔵門、警視庁方面の街路上では、戦車の轟音ごうおんがしきりにし、緊迫した空気が台上一帯を濃くつつんだ。交通、通信が杜絶し、外部との連絡が不可能となった。
兵士に給食をせねばならぬのだが、彼我の緊迫した空気の為に ── それとも命令が変わったのか ── それぞれの原隊からの補給を断たれたので、如何ともする術がない。仕方なく自動車を出して近くの商店からパン、菓子などを徴発し、寒さしのぎと士気鼓舞のために清酒の4斗樽を仕入れたりした。
2023/02/15
Next