~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅴ』 ~ ~

 
== 『 叛 乱 』 (下) ==
著 者:立野 信之
発 行 所:㈱ぺりかん社
 
第十三章  この事件が落着する前後から、日本はたいへんな面に突入する
第十三章 (4-02)
その晩、彼は興奮とともに、あれやこれやの考えが錯綜して、なかなか寝つかれなかった。睡れないままに、尉官会議を開催することを思いたち、その趣意書を書いた。
『── 日本国内にかかる大変動が起こった際、辺境はソ連から衝かれる怖れはあり得ないことではない。それゆえ第一線に働くわれわれとしては、一層褌を締めてかからなければならぬ。それには東京の情勢を知ることが必要だし、また辺境の情勢を東京へ知らせることも必要だ・・・云々』
翌朝、彼はそれを懇意な古参大尉に内示した。
「いいな」と古参大尉は言った。「しかしこれは連隊長の承認を得ようじゃないか」
「連隊長の承認を、趣意書を書いてから得るなんて、だらしがないな、注釈なんかない方がいいから、それでは尉官会議は止めましょうや」
そんな会話を取り交わしている所に、連隊長から呼出しが来た。
急いで行って見ると、連隊長は、
「貴様、この事件をどう思うか」といきなり質問をあびせた。
そこで大蔵は意見を述べた。
「陸軍が大変動を起こしたのに、ここで腰を折っては、日本はいよいよ混乱に陥るばかりです。この際、軍に筋金を入れる必要があります。中央部で筋金が入らんということなら、われわれ辺境の者が団結して推進する・・・だから、一歩も退かずに進め、というのが本当じゃないですか・・・辺境も、こういう気持でおるぞ、ということが中央へ通ずれば、中央もやりいいのではないですか」
そのほか、なお二、三雑談を交していると、扉をノックして、若い少尉が入って来た。
少尉は、大蔵に向かって告げた。
「尉官会議はお止めになったそうですが、それでは中、少尉会議を夕刻五時から開催いたしますから・・・」
そこで大蔵は、夕刻、将校集会所に出かけて行った。
大蔵は集まっていた、中、少尉たちに向かって、古参大尉に示した趣意書通りのことを説明し中、少尉をはじめ青年将校は結束して連隊長を推戴すいたいし、更に横断的に他の連隊とも連絡して、場合によっては、師団を動かして辺境の結束の機運を中央に反映させる必要がある事を強調した。すると中、少尉たちは、大体大蔵の意見に同調したようだった。
夜になったが、東京からはその後の情報が入らない。やきもきしていると、翌二十八日の昼頃、また連隊長から呼ばれた。
「君、東京へ行ってくれ」
連隊長は、大蔵の顔を見るなりそう言った。
「何しに、東京へ行くんですか」
いぶかって、訊き返すと、
「いや、東京へ行って、情報の確固たるものを掴んできてくれんか・・・情報が分らんの¥で、どうしたらいいか、さっぱり方針が立たんのだ」
「ちょっと待って下さい」大蔵はさえぎって、「それは連隊長殿の御命令ですか、それとも師団長閣下の御命令ですか・・・これは師団長閣下も知って居られることですか」
「師団長は知っとる」と連隊長は言った。
それにしても少し変だ、と思ったので、大蔵は若干警戒して、
「わたしが出る幕じゃないでしょう。参謀がいますよ」
「参謀が行ってもしようがない、君が一番事情に詳しんだから、君が適任だと思う・・・但し、命令というわけには行かんから、独断で行く、という形をとってくれんか」
いよいよおかしい? と大蔵は思った。
「独断で行け、と仰いますが、釜山海峡を渡らなければなりません。船に乗る際、憲兵が居って、ちょっと待てで、どこかへブチ込まれたら、それでおしまいです・・・独断で脱出したという形になったら・・・命令も何も持っていないというようなことになったら、引っくくられてしまうに決まっています」
「それじゃ・・・」
連隊長はさっそくその場で憲兵隊へ電話をかけ、分隊長にすぐ来てくれるようにと頼んだ。
2023/03/14
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