~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅴ』 ~ ~

 
== 『 叛 乱 』 (下) ==
著 者:立野 信之
発 行 所:㈱ぺりかん社
 
第十三章  この事件が落着する前後から、日本はたいへんな面に突入する
第十三章 (4-04)
もう夜が明けて、雪の道が白々と続いている。彼はその上を走って、先ず近くの同期生の朝山大尉を叩き起こし、ついで一期下の佐々木大尉を起こした。
「おい、オレはこういう方法を取ろうと思うんだが、どうだ?」
彼は電報のことを話した。
「よかろう、われわれも一緒に行こう」
二人は二議に及ばず賛成した。
そこで三人は連れ立って、先ず師団副官を叩き起こした。
副官は寝呆け眼で起きて来た。
「何だ?」
「師団長にお頼みしたいんです:大蔵が言った。「これは師団長に直接お願いしたいんです」
「だから、何だ?」
大蔵はかいつまんで事情を話した。
「うん、いいだろう」
副官は肯いて、三人を師団長宿舎へ案内した。
それから参謀長と、連隊長に連絡を取った。── 三人はすぐやって来た。
「わたしらは、東京の連中に、最後的な忠告をしたいんです」大蔵が説明して、「それで甚だ恐縮でありますが、師団の無電を使って東京の戒厳参謀長まで、こういう電報を香田大尉に手交するように、取計って頂きたくあります」
「うむ」と師団長は安楽椅子の中で腕組みをしたまま苦々し気に言った。「だから、オレが言わんこっちゃない・・・!」
師団長はなおも口の中で何やらぶつくさ言った。
「師団長閣下」と参謀長の柳下大佐が言った。「これはいいことじゃないですか・・・ぜひやりましょう」
「そうか、それじゃ、やろう」
師団長はようやく肯いた。
「お願いいたします。では、これで失礼します」
大蔵らは家へ帰ると、三日三晩の焦燥と不眠の疲れがドッときた。で、朝食を掻き込むと、すぐ蒲団をかぶって寝てしまった。
「何とイウバカな奴らだ?」大蔵は東京の事情がわからぬまま、一切が水泡に帰したという絶望感と共に、腹立ちを込めて呟いた。「これで何もかもすっかりダメになってしまった!」大蔵は涙を流した。
二、三十分も睡ったかと思われる頃、玄関のガラス戸ががらっと開いた。連隊長だった。
大蔵が応接室へ入って行くと、連隊長は何やらさぐるような顔つきで、いきなり言った。
「君、東京行きは、どうするか」
「止めます」大蔵は言った。「そんな、大命に抗して叛乱したような部隊へ行って何になりますか・・・止めます・・・それに、わたしが行くって頑張っても、連隊長は行かさんでしょう」
「有難う」連隊長は大蔵の手を取って、ふいにポロポロ涙を落とした。「有難う・・・大蔵大尉・・・よく思い留まってくれた・・・今朝からの君の処置はよかった。よくやってくれた!」
「今日は突かれて居りますから、連隊は休ませて頂きます」
大蔵は連隊長を送り出しながら言った。
「いいとも」
連隊長は肯いて、帰って行った。
その日は、大蔵は一日中蒲団を引っかぶって寝てしまった。
2023/03/16
Next