~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅶ』 ~ ~

 
== 『 青 年 の 樹 』 ==
著 者:石原 慎太郎
発 行 所:河出書房新社
 

青年の樹 (01-120)
「なんだあいつら」
森が言った。
「よせよせ、放っとこうよ」
武馬はお師匠さんのいつかの言葉を思い出していた。
その時彼女たちの一人が小走りに二人へ近づくと、
「すみません、不良に車を取られたんです。一緒にお巡りさん呼びにいって下さい」
言った彼女も真赤なアロハに黄色いスウェーターと、相当派手ななりをしてる。
「はあ──」
曖昧あいまいに答える武馬の横から、
「どこにいるのお巡りさんは」
森が言った。
「町の郵便局の横に交番が」
「本当に不良なのかい」
森の声はどうも抑制がきかずいつものように大きい。その声を男たちの一人が聞きとがめた。武馬にはかまわず頼んだ彼女と一緒に歩き出した森の前へ男たちの二人が飛び出し立ちふさがった。
「おい、お前何処へ行くんだ」
「え、一寸町へ}
「お巡りを呼びにか」
「そう頼まれたんですけど」
森は段々武馬を意識している。武馬は仕方なしにその横へ近づいた。
「なんだ手前ら余計なことをするな。こっちは遊んでるんだ」
「でも、女の人たちの方はそうも思えないけど。ねえ君」
森が横にいる女に訊いた。女はすくんだように森の後に廻る。運転していた男が車をバックして二人の前につけた。相手の人数を見定めて強気だ。
「一寸通してくれよ。俺は別に町に用があるんだ」
「なに言ってやがる。今向うから来たんじゃねえか」
「忘れものだよ」
「いいから向うへいけよ。このオンナは俺たちの方が先口なんだ」
「そういう訳じゃないんで。弱ったな」
「やかましい!」
相手が怒鳴った。
「つべこべ言いやがると ──」
一歩前へ出た。森は退きながら武馬を振り返った。
「いいよ森さん。放っときなさいよ。もうじきみんなが来るよ」
武馬はわざとゆっくり言った。
「みんな?」
相手が思わず言った。
「ええ、僕たちラグビーの合宿中でね。今みんなでぎょうざ屋にいたんだけど、先にすんだので二人で来たんです。森さん、忘れ物は誰かが気がついて持って来るよ。ここで待っていよう」
「お巡りさんを呼ぶこともないかな」
森が調子を合わせた。
「ちえっ、ラグビーだとよ」
男の一人が運転している仲間の肩をつついた。武馬たちの見守る前で男たちは具合悪そうに、それでも背一杯肩をいからせながら車を下りた。
「キイを頂だい」
「ほらよ」
腹いせに男は道の草むらの中にキイを叩きつけた。
「何しやがる ──」
言いかける森を武馬が押えた。
「畜生、覚えてろ」
捨台詞すてぜりふで男たちは町と反対の方向へぞろぞろ歩き出す。」
「どうも有りがとう」
「それよりキイを捜したら。マッチがある」
マッチと車にあった懐中電灯で見当をつけておいた草むらを捜した。キイが見つかって、改めて、
「どうも有りがとう。助かったわ」
灯を上げて森と武馬を照らした時、
「あら」
彼女たちが声を上げた。
「あんたたち東大のラグビーね」
返した灯で自分たちを照らして見せる。合宿の初日グラウンドからの帰り道に行き合ったグループだ。
「助かったわ」
「こっちもだよ。みんんが後から来るなんて全然嘘さ。こいつは喧嘩は馴れてるけど、まずくなったら俺だけ逃げちまおうかと思ったぜ」
森が言ってみんなが笑った。
「君らは」
「河口湖の私の別荘に来ているの。良かったら一寸いらっしゃらない。冷たいものでも飲みに。車だからすぐよ」
「いや門限があるからそうもいかない」
「いいじゃないのそんなもの」
「駄目だ」
「それじゃ明日ね。私たちで誘いに行から。東大の寮でしょう。今日はお礼に送っていくわ」
もじもじしている二人を彼女たちの方が腕を取って引っ張りこむようにしてシートに坐らせた。
車が寮の玄関に横づけした時。間が悪く上級生の新藤が出て来て顔を合した。
「さよなら」
「バイバイ」
「チャオ」
彼女たちは派手な挨拶を残して引き揚げていく。先刻助けられたのはどちらだかわからない。
「おいおいお前ら」
言った新藤に、
「ね、だから言ったでしょ」
森がにやにやして言った。
2022/06/18
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