~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅶ』 ~ ~

 
== 『 青 年 の 樹 』 ==
著 者:石原 慎太郎
発 行 所:河出書房新社
 

青年の樹 (01-123)
固くなって坐っている二人にかまわず、彼女たちはてんでにセルフサービスで何やらカクテルを作って飲みつづける。暫くする内武馬と森を除いてみんながアルコールが廻ってますます陽気になって来た。
「ねえいいじゃないの、飲みなさいよ少し」
「そ、そうはいかない」
「だらしがないわねえ」
「合宿中だから ──」
「気がきかないわねえ」
「だから東大生なんかゲクの棒だって言ったでしょ」
ママ子と呼ばれている子がひどいことを言う。
「しかし、君らも女のくせにそんな ──」
「女のくせ? くせにとはなによ、若いくせに木石ぶらないで」
「ちぇ、君らこそ度がすぎると波の人間には余りまともに受け取られないぜ」
「まともになんか ──」
「まあまあ」
武馬が間に入って言った。
他の連中はけらけら笑いながらそれを見ている。
「お酒飲まないのなら踊ろう」
断る間もなく、広美が武馬の手をとって引き上げた。同じように森もリツ子の手につかままった。」
「ぼ、ぼくはダンスはどうも ──」
言ったが、
「いいの、私がリードするからつき合って。折角の気分こわさないでよ」
武馬はかちんかちんになって広美と向い合った。握り合わせた相手の手が馬鹿に熱い。頬にかかって来る彼女の吐息に香水の甘い香りがまざって匂う。二、三歩あるきだしただけでたちまち武馬は背中に汗をかいた。
言った通り広美は武馬を上手なリードでステップにのせた。体が自分のものと思えぬくらいリズムに乗っていく。しかしとにかく武馬は懸命だ。
踊りながら広美は武馬をテラスの外に連れ出していく。月の照った湖が相変わらず綺麗きれいだ。が、今はそれどころではない。
その内彼女は思い切ったターンに武馬の足を誘い込んだ。交わった足の上に体が傾き、今までやっと離していた胸と胸がそのはずみにぴったりと重なってついた。二人とも薄いシャツを通して、互いの肌と肌がじかに触れ合う感触がある。つまり、武馬は自分に胸に押しつけられた柔かくふくらんだ、それでいて妙になまなましい相手の胸の隆起を感じて唾をにんだ。どういう訳か、武馬は急に母の悠子の顔を思い出し、一人で顔が赤くなった。
あわてて引き放そうとする体を逆に引きつけると、
「あなた、上手じょうずよ」
ささやくような声で言った。と、握っていた掌が外れ、その両腕が肩の後にのびたかと思うと、あっという間にその腕が武馬の首をはさむようにして巻きついた。と同時に熱い、しかし、さらさらした彼女の白い頬がぴったりと武馬の頬にくっつく。
何か言おうとした声が出ない。その頬を一寸の間外して離すと、腕を巻いたまま正面からひたいをつけるようにして、
「あなた気に入ったわ」
広美は言い、次の瞬間またその頬がくっついた。
武馬は自分の置かれた状況の理解に苦しんだ。こういった連中からすれば、いかにもこんな遊び方もあるには違いない、というぐらいの想像はつくが、いざその相手になって見るとどうにも当惑が先に立って全然落着かないのだ。
それは確かに、悪い気がしないものでもない。が、なんとしても彼にとっては場違いのような気がするし、起こっていることがどうにも唐突だ。豪華な別荘に、贅沢な飲みもの、月の射すテラス、月夜の湖、どこか外国の映画で見たような舞台だがそこに実際に居るのが自分だとなると、危かしいダンスの足元が尚更地についた感じがしなくなった。
2022/06/22
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