~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅶ』 ~ ~

 
== 『 青 年 の 樹 』 ==
著 者:石原 慎太郎
発 行 所:河出書房新社
 

青年の樹 (01-20)
質問されみんなは順々にあった通りのことを説明した。誰もが同じ事を言った。間違っているのはグリエだ。どう考えても土足で机の上に立つというのは愛嬌あいきょうを通りこして矢っ張り無礼だ。
机に書かれた文字の勧告で下りれば文句はなかったのに、妙な強気で生徒たちを馬鹿にしてかかったのは向こうがよくない。少しは気が咎めいていたこそ、皆に立ち上がられ、和久や武馬に詰め寄られておびえたように慌てて逃げ、自分で踏み外して落っこちたのだ。
「ストライキで授業をボイコットしようとしたのではないのかね?」
学部長は言った。
「彼が机から下りさえすれば文句はありません。なあ」
武馬が言い、みんなは頷いた。
「ストライキではない、デモンストレーションです」
柴田が言う。
「相手が外人だからやったんじゃあないだろうね」
学部長の横の見たことのない年輩の教授が言った。
「そうじゃありません。たとい先生でも同じことでしょう。第一先生ならそんなことをなされますか」
和久が言う。
「うんうん」
超人先生が頷いた。
「君たちが先に暴力をふるいはしなかったろうね」
「どちらも、暴力はふるいません」
「いやそうじゃない。グリエの奴が ──」
「君」
「あ、ムッシューグリエが先に和久君を突いたのです」
「本当かね、和久君」
「いえ、まあそれはどうでもいいことです」
「よくない」
繁岡氏が言った。
「生徒が教師を突き飛ばすのもよくないが、たかだかそんなことで、教師が生徒にそんなことをするのは尚よくない。それで君はどうした?」
一寸たきつけるみたいな言い方だ。
「肩を引いてよけましたところ、よろけてそのはずみに自分で落っこちました」
「ははあ、なっとらんねえ」
超人先生は笑った。
「大熊さん」
申し訳のように学部長は先生をたしなめたが、
「よろしい。どうもありがとう。今日はこれで結構です」
みんなは頭を下げて部屋を出かかったが、どうも釈然としない。
「出口で柴田がふり返ると、
「あのう、僕たちはどうなるんでしょうか」
「どうなるとは?」
「罰を食うんですか?」
間違いを犯さぬ者が何故罰を食らうのか!」
叱咤しったするように超人先生が言った。
「当校は諸君の考えている以上に民主的です」
相変わらず冷たい口調だったが、薄い微笑で学部長が言った。
2022/04/09
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