~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅶ』 ~ ~

 
== 『 青 年 の 樹 』 ==
著 者:石原 慎太郎
発 行 所:河出書房新社
 

青年の樹 (01-25)
赤坂の「川北」と言えばみんなが知っていた。タクシーの営業ナンバーの増設と二年来延ばしに延ばされて来たタクシー個人営業法案の両三度にわたる握りつぶしにからんだ業界と運輸省、ひいては内閣の大半の閣僚に関連する、かつての造船疑獄にもまさる大疑獄がようやく新聞のトピックスにのぼって来ていた。その言わば焦点が、過去幾度かこの疑獄に関連のある宴席のもたれたという赤坂の料亭「川北」だった。
新聞はこの事件に必要なヒロインの登場を造り出した。その女主人公が「川北」の女将おかみえい子だった。ちなみに事件の背後に担当の運輸大臣以上に関連あると見なされる、内閣の派閥に於ける運輸大臣の親分株である大蔵大臣櫻井建造は「川北」の今の出資者、つまり旦那であり、彼に二十億の金を集めて個人営業の禁止を依頼している全タクシー連の理事長、東京自動車社長の瀬川伸六は同じ「川北」の旦那であったという。この二人の握手の蔭には「川北」の女将えい子の辣腕らつわんがあるというのが新聞筋の情報だった。
「川北」の女将えい子が果たして桜井ののためを思って瀬川を紹介したかどうかは知らないが、解散近いと言われていた内閣の中で、次回の勢力進出をねらう桜井に瀬川の持って来たその金額は、彼を動かすに足るものがあったに相違ない。
そして大衆が期待する筋書き通りに、この疑獄の女主人公「川北」の女将えい子は美人であった。その美貌は四十半ばの年齢を全く感じさせないほどこの世界でも抜きん出たものだった。
2022/04/10
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