~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅶ』 ~ ~

 
== 『 青 年 の 樹 』 ==
著 者:石原 慎太郎
発 行 所:河出書房新社
 

青年の樹 (01-33)
さらに一週間ほどしてのひるく休み、食堂に入って来た武馬を柴田とその仲間が呼んだ。近づいた彼に柴田は開いたままの週刊誌を投げる。
武馬hてにとって眺めた。見出しに、
「ハマの新勢力地図。── 新しい事態にひと荒れするか?」とある。
「なんだいこれ?」
「その写真を見ろよ」
柴田が言う。武馬は見直した。
「あっ」
思わず声が出た。
見開いたページに見知らぬ男たちの写真がいくつか並んでいる。その左」上段に、五十年輩の男の写真の下に、間違いなく和久の写真が並んでいる。Yシャツを着て少し上向き加減の写真だ。上の男の写真の下に、「刺されて死んだ和久親分」和久の写真には親分の一子宏君とあった。成程二人はどこか似て見える。
「親分の子だって ──?」
「読んで見ろよ。やっとわかったよ。奴の貫禄の訳が」
一人が言った。
武馬あ読んだ。
それは要するに港ヨコハマに最近盛んになったやくざの葛藤かっとうのいくつかの事件と新しく出来上がりつつあるその勢力の分布図についての特集記事だった。
そうした世界でも最も格式のある名門? の系統として、港湾事業その他市内での幾つかの事業に縄張りを持っていたのが先日死んだ和久親分の和久組だったが、それに対抗する最近擡頭たいとうの、元は麻薬の売買シンジゲートから築き上げた川名組との角逐かくちくが最近目立って来たという。説明によれば死んだ和久親分は所謂いわゆる古風なやくざの最後の一人で、その世界では人望高くはあったが、その昔気質むかしかたぎが結局は当世の仕事の邪魔になって和久組の勢力は昨今落ち目だった。一ヵ月前、つまらぬ言いがかりで無法にも親分を刺したのは川名組の手先だったが、それへの仕返しも和久親分が子分に禁じてさせなかったそうである。
親分亡き後、その一子宏が跡をつぐだろうが、当人はそうした世界の子弟に珍しく今年東大に入学した秀才であって、彼が若い親分として就任した後の成り行きは見ものだなどと雑誌は無責任に面白がって書いていた。
武馬はもう一度写真を見直した。いつったものか、写真の和久は今の彼より幾分子供っぽく見えた。武馬は先日の彼のあの表情を思い出した。そして、何故か自分の家について語るのをさけ、あの日、迎えに来ていた家の者を彼から隠すようにおしやった和久の表情を。
武馬はその雑誌を閉じると丸めてホポケットに入れた。
「ぽい、やった訳じゃないぜ」
「よせよ。自分の家のことで彼がいやがっているのはわかるだろう。出来るだけ黙っててやるんだ」
「そりゃわかるよ。でもその雑誌だってクラスの他の奴が教えてくれたんだ。みんなすぐ解るさ。知ってたっていいじゃないか。それは彼自身の問題だよ」
柴田が言った。
「本当にそう思うならいいさ。けど変に物見高い眼つきはよせよ」
その時、食堂の入口に和久の姿が見えた。
「おい、親分が来たぜ」
「よせ」
武馬は言い、手を上げて和久に近づいた。二人は離れたテーブルに椅子をひいて坐った。和久は黙ったままでいる。
「君のこと雑誌に出てたよ。クラスの奴に知らされて読んだ」
和久は黙ったまま、無表情な眼つきで彼を見返した。
「お父さんがあんなことで亡くなって残念だろうな」
「ああ」とだけ言った。
「俺、旨く言えないが、君がもし自分の家のことで俺たちを気にしれるんなら、そんなこと意味ないと思う。柴田も言ってたが、そりゃ君自身の問題ななんだ」
「ありがとう」
「君が強くて大人っぽい訳がわかったよ」
和久は肩をすくめるようにたただにやりと笑っただけだった。
「いろいろ面倒なことがあるんだろう」
「あるね。それが君の言った俺自身の問題だけならいいんだけど、けどそうはいかない」
「───?」
「よわったよ」
ゆっくりつぶやくように和久は言った。
跡目あとめ相続そうぞくをしなくちゃならない ──」
「跡目?」
「周りがきかないんだ。親父の跡継ぎさ。つまり、俺が二代目国定忠治になるのさ」
自分を 嘲笑わらうように和久は唇をゆがめた。
「── 俺はいやなんだ、そんなこと」
2022/04/13
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