~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅶ』 ~ ~

 
== 『 青 年 の 樹 』 ==
著 者:石原 慎太郎
発 行 所:河出書房新社
 

青年の樹 (01-44)
態勢が変わった。勝負をいどんだ幹部二人が叩きのめされたのを見て残りが完全に浮足立った。ところへ呼びにやられていた和久組の柴山たちが駆け付けたのだ。出口が塞がれた。勝手知らぬ事務所の中に閉じ込められた相手は武器を捨てても尚許されず一人一人袋叩きに会って床の上に転がされた。
誰の口からともなく「万歳!」が出た。
「和久組万歳!」
「和久組万歳!」
辰さんが音頭を取った。音頭をとりながら鬼面の辰はしまいにおいおい子を上げて泣き出した。
爪川も角田も泣いていた。
「若旦那、若旦那 ──」
後は訳のわからぬことを言いながら常川が和久にとりすがる。
「見たか、お前らみんな見たか! 和久組あこれでびくともしたもんじゃねえことがよくわかったろう!」
辰さんは泣声で仲間の一人一人に念を押すように言う。
「川名の奴ら、帰って言っておけ、そっちの出方がわかった以上はただじゃすましゃしねえとな」
「叩きつぶしてやる!」
うめきながら角田が叫んだ。
が、
「いや、そいつあいけない」
圧えるように和久は言った。
「相手がなにをしようと、こういうやり方は俺は許せない。おれが、俺自身がこんなことをしてると気狂いになる恐れがある」
彼はゆっくる武馬を振り返った。
「坂木、有りがとう。君が止めてくれなけりゃ俺はかっとしたままあの短刀どすであいつを刺していたろう。俺には親父以上にそんな血があるんだ。危ないところだ。そんなことでこの俺や和久組を殺してなるもんか。こんな出入りはこれ一度で沢山だ ──」
「しかし若旦那 ──」
言いかける辰さんを手で圧えた。
「みんな聞いてくれ、坂木、君も。そしてそこらにいる川名の連中も。俺は決心した。俺は後目を相続する。今までお前たちにいろいろ心配をかけたが、今夜、この場でやっと決心がついた。俺は和久組五代目の組長になる」
「若旦那!」
「はっきり五代目になった限り、俺は俺のやり方でやっていく。そしてその限り、組の内外に関りなく、理の通らないことはこればっかりも許さねえ。川名の人、帰ったらそう伝えておいて。くれ俺が坐っている内あ、ハマじゃはた迷惑なあこぎは金輪際こんりんざい許さないとな」
相手の何人かがうめきながら起き上がりかかった。
「そいつらを放り出せ。ただし三人ほど入り用があるからおいておけ」
声に応じてたちまち皆が動いた。新しい、よみがえったような活気が部屋中にあった。
「坂木、俺はやるよ。君の言う通りだ。俺は甘えてたんだ。俺は無責任に自分の今いる立場を放り出すことばかり考えていた。そうしなけりゃ俺自身を拡げることが出来ないような気がしてた」
和久は武馬に向かってゆっくりと言った。言いながら一瞬照れていた顔の表情がすぐに消えた。和久は武馬の見た限り今日一に日で一番澄んだ落着いた眼になっていた。
「君の言った通りだ。俺は自身のため、そして周りにいるみんなのために今住んでいるこの世界を拡げていって見せる。変にひねくれてくよくよしてた今までの俺の方が、ここに居る奴らよりよっぽどやくざな人間だったよ思うよ」
「新しくて、大っきくって、強くて、動じない、あの船みたいな親分になれよ」
「ああ、なる」
和久は言った。武馬の眼を見、彼は黙って手を差し出した。二人は黙ったまま握り合った。知らぬ間に怪我をしているのか握った手が痛んだ。
「どうぞ、お願いいたしやす」
いつの間にか脇に辰さんが武馬に頭を下げた。
「辰さんが君のお父さんのことを言ってたが、親父同士以上の友達に成ってくれ。俺にあまたいつか君のブレーキがいりそうだ」
「そうでもないさ。俺だった案外あんなこと好きなんだ。やり合っている最中にそう想った。矢張り血かな」
「へへ、因縁て奴はどうも」
辰さんが首を叩いた。
2022/04/20
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