~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅶ』 ~ ~

 
== 『 青 年 の 樹 』 ==
著 者:石原 慎太郎
発 行 所:河出書房新社
 

青年の樹 (01-53)
並んでいた教授の数は前の時よりも多い。いつも青白い痩せこけた英文学の教授が驚いたような眼で二人をじろじろ眺める。sの手許に記事の載った週刊誌がある。わが身に関して、獅子奮迅の勇士などという説明はおそらくこの先生にはまずかったに違いない、と武馬は思った。
「おいおい、また君たちじゃないか!」
横からの声がし、超人先生が二人を覗き込んだ。
「いつも役者が同じだな」
「はあ」
武馬は直立して言った。
「で、一体何をしたのかね」
楽しそうな顔で先生が訊ねる。
「困りますなあ大熊さん。出席される前に回状を読んでおいて頂かなけりゃ」
教養学部長が言う。
「これですよ」
隣りの教授が例の週刊誌を開いて手渡す。その頁を、
「うん、うん」
超人先生は声を出して頷きながら一わたり読んだ。
「これあ面白いじゃないか。愉快だねえ。ははあ、君がこの若親分か、なるほど」
「大熊さん」
学部長が制して、二人に向き直った。
「君たちに来て頂いたのは他でもない、その雑誌にも出ているが、横浜で起った事件について君たちの釈明なり、言い分をお聞きしたい。この前のグリス君の一件とは違って、今度の場合は対世間間に君らの母校である東大の名前が出ている。諸君のとった行為が学校の名誉を傷つけるものであれば当然その責任を負ってもらわねばならないと思う。そのつもりでいて頂きたい」
「和久君、君からどうぞ」
学部長の横の学生部長が言った。
和久は頷き一度ゆっくりと唇を噛んだ。
「今度の事件で先生並びに学校の仲間たちに御心配をおかけしたことをお詫びいたします」
和久と一緒に横で武馬も一礼した。
「しかし、私や坂木がとった行為が学校の名誉を傷つけるものであったとは絶対に思いません。死人を出し、新聞に騒ぎ立てられたあの事件は元々完全に他から仕掛けられたものであって、我々はその防戦、と言いますか、それから身を守るために闘っただけです。私に口からそう言ってお疑わしいのなら警察がそれを証明してくれると思います。
ただおそらく先生方の中には、何故なぜそれを止めようとしなかったかとお考えの方がおられるでしょう。私自身もそうしたことがいやさに最近まで実家を継ぐことを逃げまわって来た男です。しかし、あれを止めるkとはとても出来ません」
「それは全く不可能です。そんなことをすれば黙ったまま殺されていました」
武馬は言った。
「坂木の言った通りです。我々のやったことは少なくとも自衛としてどうしても止むを得なかったことだと思います。ただ僕が坂木に感謝することは、僕が叩き落とした相手の短刀を逆手にふりかざした時彼がそれを必死で止めてくれました。少なくともその点で、彼があの最中にも僕以上に事件を回避しようとしていたことがわかると思います」
「そんな弁護はいらないよ」
「君は黙っていろ。とにかく、確かに我々は暴力はふるいました。しかしそれは絶対に正当な防衛です。警察もそれを認めてくれました。しかし何より僕は自分でそう信じます。それが尚学校の名誉云々ということで咎められるならば仕方ありません」
「仕方なくては困るよ」
超人先生が口を入れた。
「僕は自分のやったことを咎められもしないのに今ここで弁厳などしません。ありのままをお話しして我々いた立場をわかって頂きたいだけです。事件についてはそれだけです。僕にとってはあの事件はただのきっかけいすぎません。先生方には蛇足かも知れませんが、僕が今まで考えて来たことを聞いて下さい」
和久は立ったままゆっくりと眼をつむり話し出した。
2022/04/25
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