~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅶ』 ~ ~

 
== 『 青 年 の 樹 』 ==
著 者:石原 慎太郎
発 行 所:河出書房新社
 

青年の樹 (01-65)
葬儀の後のとり込みもあってか、明子は二、三日学校に顔を見せなかった。クラスの仲間はみmっま新聞で彼女の不幸を知っていた。
昼休み、武馬は一緒に食事している仲間に葬儀の時の印象を話した。就中なかんずくとり残され、これから二人して嵐に向かおうとしている彼女たち姉妹の悲壮な美しさについて。
「── 彼女たちのために、出来ることなら何でもやってやろうとつくずく思ったな」
話している間に、達之助に言われ、自らも感じたことがそのまま言葉に出た。
言った後でみんながぽかんとしたような顔で自分を見ているのに気づき武馬は妙に慌てた。その彼に気づいたように、和久がにやりと笑って言った。
「どうもはや、我々のジャンヌ・ダルクにうってつけの騎士が現われたということですな」
柴田が顎をさすりながら言う。
「絶望だね、坂木武馬はすでに我々の追いつけぬところまでリードを奪った模様であります」
「そ、そんなことじゃないよ!」
慌てて言ったが、
「そんなことですよ。おふくろさんが死んで気の毒というより、我々の実感としては坂木武馬がうらやましいといったところだね」
「このタイミング。母親が死んで美人がよよと泣きながら顔を伏せるところに、ただすいとお前の胸をかしてやればいいと来たね」
他の一人が言う。
「馬鹿を言え、そんなこと ──」
「馬鹿でもなんでもよろしい。あんたがおいやならさっさとどこかね退ってもらいたいね」
「彼女の騎士たらんとする競争相手はいくらでもいますよ。実力充分な。お前はただ地の利を得ただけだからな」
「そうでもないさ。魅力あることはあるよ。なあ」
柴田が茶化す。
「そういうとり方をするのならもう何も言わんよ」
「あはは、怒ったところが矢張り本当だな」
武馬は和久の方を見たが和久も同じようににやにや笑っている。
「みんながそういうふうに思っているならそれでもいい。俺は ──」
「俺は、宣言しろ」
「宣言?」
「我、山形明子を愛すと」
「馬鹿を言え」
「馬鹿というこたあないだろう。出まかせに馬鹿馬鹿言うな」
「そんな ──」
「そんな、なんだ?」
「俺は ──」
どうしようもなくなって武馬は立ち上がった。
「俺は逃げるぞ、か」
柴田が言う。
「よせよせ。俺たちとどうこう言ってたって何にもなりゃせんよ。すべては赤坂に帰ってからだ」
他の誰かが言う。言ったまま引っ込みがつかず武馬は一人で食堂を出て行った。
2022/05/02
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