~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅶ』 ~ ~

 
== 『 青 年 の 樹 』 ==
著 者:石原 慎太郎
発 行 所:河出書房新社
 

青年の樹 (01-71)
次の日の朝、和久には断ってあったのに和久組の者が武馬を迎えに赤坂までやって来た。例の乱闘のきっかけになった角田だ。
お師匠さんはあい変わらずその使いを胡乱気うろんげにじろじろ見渡して、
「誘い出してまた妙な事をやるんじゃないだろうね」
「冗談じゃありません。今日はなによりも目出てえ日なんで」
角田は相手の扱い方を心得たか、ただにやにや笑っている。
迎えの車なんぞよこされてなんだか煙ったいが武馬は角田と一緒に家を出た。」
「その後川名組の方はどうですか」
「いえもう、若親分がしめしをつけられたんで全くも上げやしません。川名は例の一件デパクられてまだ放り込まれたままですし、これで今日後目相続が無事終りゃもう押しも押されもしません。なんせあんた、関東一円だけじゃない、一寸した縁故のところでも遠くは九州からもやって来る親分もあるんですからね」
「大したもんだね」
「それあまあ先代の偉さってこともありますが、なんたって若親分の魅力てえもんですよ。若親分にれた東京の辰川の大親分が方々に筋を引いて下すったからこう見事な式が出来るってもんです」
「和久の魅力か、なるほど」
「なんでもこれからあ新しくなくっちゃいけねえ。つまり若親分はホープってやるだ」
「やくざのホープか」
「客人も口が悪いね」
「いや、そんなつもりで言ったんじゃない。しかし今日僕が行ってなにをすりゃいいんだろう」
「式の最後に一番身近な後見として挨拶されるんで」
「ええ? 冗談じゃない、あいつあただ来てくれりゃいいと言ってたんだぜ」
「いえ、ただ挨拶して頂きゃいいんで」
角田は涼しい。
「弱ったな、僕あそんな親分たちに挨拶するような柄じゃない」
「いえ、大丈夫です。ひとつ若さの魅力てえやつで」
妙なところで角田が茶化す。
2022/05/05
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