~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅶ』 ~ ~

 
== 『 青 年 の 樹 』 ==
著 者:石原 慎太郎
発 行 所:河出書房新社
 

青年の樹 (01-72)
桜木町の駅に着くと改札口を出た広い構内に和久組のはっぴを着た若いものが何人も立って客を出迎えている。武馬と角田を見つけると走り寄って頭を下げ待たしてある車の方へ案内する。同じ若いものに案内されて別の車に乗った年輩の男を見ると、紋付を着込んで、なるほど一見おっとりは見えるがどこかひと癖あり気な恰幅かっぷくだった。
武馬はますます困惑した気持になった。

和久の家につくと家の長い土塀に添って大変な数の花輪が並べられ、前に来た時は寂し気だった屋敷町の辺りが時ならぬにぎわいに見える
止った車にまた若い者が走り寄って扉を開ける。駅に居た連中とは違って随分緊張した顔に見えた。恐らく次々に大物? つめかけているのだろう。武馬は矢張りひどく場違いな所にやって来たような気がしてならない。
扉を開けた連中の中に辰さんの姿を見た。辰さんも紋つきを着ている。武馬を認めると笑いかけたが、急に改まった顔で頭を下げる。
「弱ったな」
思わず思ったが、
「駄目駄目弱気じゃ」
後で角田が押したてた。
和久は一番奥の部屋に紋つきを着て坐っていた。入って来た武馬を見て、
「やあ」
と笑ったが、
「おい困るよ」
なにより先に武馬は言った。
「聞いたら俺が後見の挨拶するんだって」
「ああ、よろしく頼む」
和久は真面目な顔をして頷いた。
「そんな約束じゃないぜ。来てただ坐っていればいいような話だった。俺は全然場違いだよ」
「しかし矢張り君に話してもらわんと俺がわざわざこんなことをやる意味がない」
「なにを話していいか見当もつかない」
「なんでもいい、ただ友人の一人として話してくれりゃいい」
「しかし ──」
「いつも迷惑をかけてすまん」
圧えつけるように言って、にやりと悪戯いたずらっぽく和久は笑う。武馬は黙ってしまった。紋つきを着てそう坐ったところを見ると、どうして年齢には見えぬ堂々たるものだ。
辰さんが入って来た。たたんだ新しい紋つきを持っている。
「坂木さん、これを」
紋つきを出した。どこで調べたのか、大方達之助が出入りの頃に聞いたのか、ちゃんと坂木家の七つ矢の紋どころだ。
「これを着るのかい」
「学生服でもいいけど、坐るとズボンがしわになるぞ」
和久はにやにやしている。
「御面倒でも、へえ」
辰さんがすぐにも手をかしそうだ。
こうなればもうどうにでもなれと、次の間で紋つきに着替えた。こんなものを着るのは生まれて初めてだが着てみるとまた、我ながらそう悪くはない。
「よくお似合いで」
自信をつけるように横から辰さんが言う。
「ふーん、黙って目見当でつくらしたんだがよく合ってる」
和久も言った。
2022/05/06
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