~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅶ』 ~ ~

 
== 『 青 年 の 樹 』 ==
著 者:石原 慎太郎
発 行 所:河出書房新社
 

青年の樹 (01-75)
「和久は今ああ申しましたが、影響を与えられたのはむしろ私の方です。ただ私は親しい友人として彼を眺めていて感じたことをここで言いたいと思います。こんなことを私がここで話していいかどうかわかりません。しかしとにかくありのままを申しますと、和久は確かに彼の家業を好いてはいませんでした。この世界に反撥はんぱつを感じていました。
しかしあるきっかけが彼をあることに気づかせました。それはひとことで言うと、若いもの、若者が世の中で新しい人間として持つ責任についてです。我々はどの大人よりも理想の夢を見る事が出来ます。それが特権でもあります。しかし往々その特権を使いすぎるために我々の眼は一番大切な手近なものから離れてしまいます。
実際は、我々が夢に見ているものに近づくためには、我々が反発したりきらったり、とにかく、いやなことを沢山見つけることの出来るその手近なもの、自分の身の周りのものを直していく、そのことに生命いのちを賭けること以外に方法はないのです。
和久はそれに気づきました。彼は和久組の組長として、彼が青年として夢見ていたものに彼の周囲を引きずっていくためにやるでしょう、闘うでしょう。
私も同じことです。和久も、和久の闘いも、その友人としての私には私自身の身近な問題です。私自身が若者としても出来得ることの限り和久を助けたいと思います。
後見というのが実際にどんな役なのか、こんな着物まで着せられましたが、実のところよくわかりません。私は彼の一人の友だちとしてみなさんに彼のやることをよく見守って、助けて頂くようにお願いします。終り」
武馬は言い終わると、ばきっと折れるように礼をした。
「うーむ」
辰川の親分が長いことうなった。桜木の小父さんが驚いたように武馬を振り返った。
「それでは辰川の大親分の音頭でお手を」
辰川は頷きながら見比べるように和久と武馬を見つめていた。
手がしめられ、相続の式が終わった。
席が改まり、酒とさかな が出される。
武馬はやっと緊張がほぐれて一度席を立って廊下に出た。
辰さんが駈けるように近づいた。
「どうだった。なんだか偉そうなことを言っちまったけど」
何か言いたそうだが言葉が出ず、辰さんはただ幾度も頭を下げる。
「全く、全く ──」
やっと言った。
「全く、ありがとうございました。上首尾上首尾。私あ辰川の大親分の顔なかり見てました。坂木さんの挨拶の後で親分がたまげたように全然感心した顔で頷いてましたぜ」
「それならいいんだね」
「結構ですとも、お二人とも立派だった。それに大親分が最後に言ったでしょう。私あ楽しみにして見てるって、この言葉がしめしですって。和久新代のやることには辰川の息がかかってると同じことだぞってことです。これで絶対に押しも押されもしねえ」
「そんなことより和久がこれからやることが大切なんだ」
「それあそうです。何分にもよろしくお願いいたします」
「しかし和久や僕の言ったことが他の誰よりも、一番年よりの辰川さんにわかってもらえたのは皮肉だね」
「それあそうです。辰川と言やただの親分じゃない」
2022/05/07
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