「遠い所にいると、よけいに日本の大変さが分かる。人間は、その事態の渦中にいる場合よりも外にいる方が、よけいに感覚的に真実を受け取るものだ。ちょうど、自殺をする当人よりも。目撃者の方が遥かに恐怖に駆られるのと同じことだ。ぼくは、今、スイスの病院にいる。そして、この中立国の場所から日本のお前たちのことを案じている。。
今ほど君たちのことを考えたことはない。こちらの新聞にも、日本が爆撃に曝されていることが、毎日のように報道されている。それを読む度に、ぼくは、久美子のことが気にかかって仕方がない。こういう時節に、自分の家族のことだけ思うのは間違いかも知れないが。
しかし、何とか、日本全体を、早く平和に戻さなければならない。ぼくが、こうしてベッドに眼を瞑つむっている間にも、その一瞬一瞬に、何百人、何千人の生命が失われているのだと思うと、空恐ろしい気がする。
僕の横たわっているベッドには、窓からおだやかな陽が差し込んで来る。おそらく、このような平和の陽射しは、君たちの身辺にはないだろう。防空壕に隠れ、米機の襲来におののいて逃げまわっていることだろう。
君も、久美子という足手纏あしてまといがあって、行動にも何かと不自由なことだと思う。しかし、頑張ってほしい。ぼくの気持だけでも、君たち二人を守ってあげる。
早く、日本に平和が来るように、そして、久美子が無事に成長するように祈っている」
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