~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅷ』 ~ ~

 
== 『 球形の荒野 (上) 』 ==
著 者:松本 清張
発 行 所:㈱ 文 芸 春 秋
 
 
 
 
 
球形の荒野 (06-03)
添田彰一は、自動車で世田谷区××町の殺人現場に行った。
秋の晴れた日だった。付近は殆どが雑木林と田圃である。白い往還が畑の間を一筋通っていて、その街道かいどう沿いに人家が切れ切れに建っていた。東京の中でも取り残された田園の一かくだった。
近所の人に訊くと、その現場はすぐに判った。往還から五百メートル入り込んだ所で、そこは蘆花公園の雑木林が近い。林は紅葉をはじめていた。
昨日の検証が縄張りの跡で残っていた。往還から岐れた細い道が林の奥につづいているが、その途中のくさむらの蔭だった。
近所には人家が無いでもなかった。だが、それはかなりの距離で、また、ばらばらに散在している。ここから眺めると、遠くに、近ごろ建ったらしい公団アパートが見え、新築の住宅もぼつぼつ見えていた。要するに、この付近は、古い農家と新しい住宅が入り交じっている新開地であった。
殺された伊東忠介は、どこから此処へ来たのであろう。考えられる道順は、京王線の蘆花公園駅からバスで来るのと、小田急の祖師ヶ谷大蔵方面から来るのとである。これは駅まで電車を利用しての話だが、自動車だと、都内から自在に来ることが出来る。一方は甲州街道につながり、一方は経堂きょうどう方面への国道につながっているのだ。つまり五十一歳の伊東忠介がこの現場で頸を絞められるまでは、電車、バス、ハイヤー、いずれかを利用して来たわけである。彼の宿は品川だったから、当然考えられるには経堂方面からの道であろう。しかし、交通面から被害者の行動の推定は困難である。
次に、伊東忠介は、なぜ、この現場で殺されなければならなかったか、である。彼が此の場所で殺害されたのは、それが犯罪的に必然性があるのか、または、ただ寂しい場所だったという理由によるのか、それが問題だった。
もし、この場所が被害者に必然的な結び着きがあるとすれば、この近所に住む誰かを伊東忠介が訪ねて行く途中であったか、あるいは、犯人の方でこの近所に関連があるのか、もしくは、いわつる土地カンだけの理由なのか、さまざまなことが考えられるのである。
犯行は、昼までなく夜間であった。
添田彰一は、そこに佇んで、夜のこの風景を想像してみた。きっと寂しい暗がりに違いない。伊東忠介がこんな暗いところに、犯人と連れ立って来るには、彼に納得性がないと黙っては付いて来ないであろう。犯人がまさか強引に伊東忠介を引っ張って来ることは、まず、考えられそうにない。そうなると、犯人にしろ伊東忠介にしろ、此の場所に歩いて来るだけの必然的な関係があったと、推定していいのである。
もう一つの考え方は、伊東忠介が実際に殺されたのは別な場所で、彼は死体となって自動車でこの現場に運ばれて来たのではないか、という推定である。往還はハイヤーが来るが、この狭い道はどのような小型自動車も通行出来ない。死体で運ばれたとなると、往還まで車で来て、それから先は人の手でこの現場に運ばれて来たことになる。
添田彰一は考えた。これは、むしろ、あとの場合の方が自然ではなかろうか。犯人は、この辺の夜の条件を考えて、死体の棄て場所に選んだのではなかろうか。
この田舎いなかの風景を見ていると、どうも犯人の側にも結び着きそうな土地的な因縁はないように思われた。
2022/08/30
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