~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅷ』 ~ ~

 
== 『 球形の荒野 (上) 』 ==
著 者:松本 清張
発 行 所:㈱ 文 芸 春 秋
 
 
 
 
 
球形の荒野 (08-08)
笹島恭三の死体が発見されたのは、その次の日だった。
その朝、出て来た家政婦が家の中に入ってからわかったのである。
笹島氏は、いつも寝室として使っている四畳半くらいの洋間のベッドの上で、蒲団ふとんをきて寝たままの姿で呼吸いきが絶えていた。枕元のサイド・テーブルには、睡眠剤の瓶がからになって転がっていた。その傍には水を飲んだらしいコップが一つ置いてあった。
警察の検屍によって、笹島画伯の死亡推定日時は、前々日の夜中と認められた。
画伯には遺書はなかった。空になった睡眠剤の瓶によって、当人が多量の睡眠剤を飲んで死亡したことが推定されたが、のちの解剖によってそれも確認された。
画伯に遺書のないことで、自殺か、それとも、睡眠剤の飲み過ぎによる過失死か、警察側でも迷った。
画伯は独身者で家族が居ない。独りで寝起きしているので事情がわからなかった。通いの家政婦が毎朝来て夕方帰ることになっているだけである。だから、画伯が死亡したと思われる時刻の夜中には、文字通り独りで居たわかだった。
早速、その家政婦について警察で調べたが、自殺と思われるような原因は見当らなかった。家政婦は画伯が確かに寝る前に睡眠剤を常用していることを証言した。そこで飲み過ぎによる過失死の線が有力となった。
すると、現場を調べていた捜査の警部補が、画伯の机の上に置いてあるスケッチ・ブックを何気なく拡げた。それには、若い女の顔のデッサンが途中まで描かれてあった。
誰を描いたんだろうと、警部補は首をかしげてそれに見入った。最初に彼の頭に来たのは、この若いモデルの女性と、笹島画伯の死とが何か関係がありそうに思えたことである。
2022/09/21
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