添田は、また三階の編集局へ上ると、ちょっと用事があるから、と断わって出た。エレベーターを降りたところで知った人間に遇ったが、向うが話しかけるのを振り切って玄関を飛び出した。タクシーを拾い、杉並の久美子の家に急がせた。
有楽町から目的地までの、約四十分の車の中は苦しかった。いろいろな想像が湧いてくる。久美子が突然京都へ行ったことの理由がわからない。知らないということに焦燥と危惧とが起こって来る。彼は、社を休んだことを後悔した。
野上家は弱い陽射しの中に花柏の青い垣根を揃えていた。玄関までの地面に箒目ほうきめが残っていることも、ふだんと変わりはなかった。
添田がブザーを鳴らすと、玄関はすぐに内側から開けられた。のぞいた久美子の母と顔が合った。
「今日は」
「どうぞ」
孝子は待っていたように、添田をすぐ上にあげた。
「久美子さんは京都ですって?」
添田は挨拶を済ませてすぐ要点に入った。
「そうなんですの。急なことで・・・」
「どういうことですか?」
「それを、実は添田さんに御相談したかったんです」
「昨日のことをお話ししておけばよかったのですが、つい、黙って行ってしまって、すみませんでした」
「いいえ、それは結構ですの。ただ、御相談出来なかったのが残念でしたわ。仕方がないので、わたくしたちだけの判断で久美子を発たせることにしました」
「一体、どうしたんですか?」
「実は、久美子に、こんな手紙が参りましたの」
孝子は用意していたらしく、懐から封筒を出して、添田の前に置いた。
「どうぞ、お読みになって」
添田は、封筒の表を眺めた。久美子宛だった。裏は山本千代子とある。ペン書きで、わりと上手な字だった。封筒はありふれた白い二重封筒だった。
添田は、中を出した。薄い紙が二枚にたたまれてあったが、それはタイプライターで打たれていた。
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