~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅷ』 ~ ~

 
== 『 球形の荒野 (上) 』 ==
著 者:松本 清張
発 行 所:㈱ 文 芸 春 秋
 
 
 
 
 
球形の荒野 (13-04)
相変わらず、来る人が無い。久美子は、一つ所に立って居るのが妙に思われそうなので、また山門の方へ動いた。見物人は無いが、坊さんだけは寺のまわりをうろついているのである。
久美子は、山門の正面へ出た。折から、外人観光客が、山門を支えている太い柱に興味を持っていた。柱は、永い間、風雨にさらされたあげく、木目だけを針金のように出して見せている。
ガイドが英語とフランス語の両方で説明していた。
外人客は、大体、年輩者が多かった。なかには頭の白い人も混じっている。背の高い人ばかりだったが、それほどでない人も居る。婦人の方は、みんな夫婦れのようだった。これも若い人ではない。年を取って、愉しみに世界を見て廻っている人たちのように思われた。そういえば、その人たちの持っている雰囲気も静かだった。ガイドの説明を聴いて、自分の眼で確かめるように、長いこと楼門を見つめて居たり、柱を撫でていたりした。
久美子が独りで居るのが、その外国人たちの眼をひいたのか、彼女を見てささやいていた。久美子はあかくなって、その一団の群れから遠ざかった。自然と片方の長い塀のほうへ歩いた。棟の長い建物だったが、坊さんが沢山居るところをみると、どうやら僧堂のようだった。
だが、此処に位置を移しても、山門が視界に入るのに変わりはなかった。山本千代子という婦人が来ても、見逃すことはないのである。外国人たちも山門から去った。彼らは方丈の方へ戻ったらしい。車はまだ置いてある。
辺りはまた人の居ない元の景色に還った。
白砂の上に落ちた大屋根の影が長くなった。
人が来た。が、男だった。それも高校生で、カメラを提げている。
久美子が見ている前で、学生は、山門の正面から写真を撮ったり、横に向かって斜めから構えたりしていた。構図に苦心しているらしく、しきりと歩き廻っている。これも其処に居る久美子を無視していた。
その男が歩き去ってからも、あとで此処に来たのは子供連れの家族だぇだった。
時間は午後一時を過ぎていた。
もう来ない。──
正午と決めておいて、前後一時間の幅を取るほど対手あいては慎重だった。久美子を此処に呼ぶのに気を使っていることもわかる。一方的な約束だから、二時間という余裕をつくっておいてくれたのである。それだけで、あの手紙がデタラメなものでないことが分かるのだ。
それが来ないのだ。
そんな筈はなかった。久美子は、必ず先方が来るものと思っていた。自分で言っておいた時間内に来なかったの、そのひとに遅れる事情が起こったか、とかえってこちらで余計な気遣いをしたくらいである。
久美子は、一時半になっても其処あら立去れなかった。自分が帰った後、すぐ対手が来そうで、約束をたがえたからといって、すぐ帰る気になれない。わざわざ東京から来たことだし、ぜひ、笹島画伯から奪ったデッサンの経緯けいいを訊きたかった。
だが、さすがに久美子の眼は、変化のないこの景色に飽いてきた。彼女は、方丈の前へ脚を向けた。此処からも山門は見えた。車はまだ置かれたままだった。南禅寺の庭は日本でも指折りに立派だったことを、久美子は思い出した。
久美子は、山本千代子が来るのをもう諦めていた。
折角、此処まで来たことだし、久美子は受付に拝観料を払って中に入った。
薄暗い、長い廊下を歩いた。順路が矢印の標示となって出ている。そのとおりに歩くと、杉戸のつづいてる両側を通り抜けた。急に明るくなったのは、この方丈の中庭に出てからだった。その庭がこの寺の名物だった。
築地ついじへいを背にして石組がしてある。竜安寺りょうあんじの庭は石だけだったが、此処は木と草が植えてあった。全体は長方形だが、それを長く半分に仕切って、一方は白い砂になっていた。箒目ほうきめが、恰度、波状にかたちをつけている
2022/10/12
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