垣根で仕切られた竹藪の中は、落葉で埋もれていた。
笊
が置かれてあるところをみると、掃除に人が入っているらしい。が、奥からは物音は聞えなかった。
久美子は、ようやく、そこから離れた。見物人の中に戻って、
洪隠山
こういんざん
と名前のついた急な斜面を上りはじめた。小径は、崖の上から本堂の屋根を下に見おろすように出来ている。そこからだと、池のかたちが真下にあった。もとより、径に沿って苔がきれいな姿を見せていることに変わりはない。苔の種類だけで数十種もあるのだ。
見物人たちが脚を停めて集まっている所があった。久美子が覗くと、石組ばかりの庭が一郭に造られている。苔寺では、それが一つの名物になっている
枯山水
かれさんすい
だった。石は、これまで見て来たものと同じように、鋭い稜角を見せて組まれてある。禅寺の庭にふさわしい、けわしい、様相だった。
そこを離れると、また小さな茶室があった。久美子がその建築を眺めて顔を向けた時、前に見た外国婦人が伴の日本人と縁に腰を下ろしていた。久美子の眼と黒眼鏡が真正面だった。
久美子は思わず軽く会釈してしまった。もちろん、一面識もないのだが、南禅寺で見た時の記憶が他人でなかったのである。その外国婦人に気づかない好意をもっていたからだとも言える。
外国婦人は、きれいな歯並びを見せて久美子に
微笑
わら
いかけた。先方が大胆だったのは、やはり向うの習慣だが、すぐ横の日本人に何か言っていた。
これは話しかけられるな、と思っていると、果たして、日本人の男が腰を上げて久美子にお辞儀をした。
「恐れ入りますが」
と日本人は愛想笑いをうかべながら久美子に言った。
「この御婦人が、あなたをモデルに写真を撮りたい、と言っています。よろしいでしょうか?」
久美子が戸惑っていると、
「この方は、フランスの人です。失礼ですが、お嬢さまはフランス語がお話しになれますでしょうか?」
と訊いた。
簡単なことなら少しは話せる、と久美子が言うと、通訳はその通り外国婦人に伝えた。
婦人は二、三度つづけてうなずき、自分で
起
た
って久美子の前に近づいた。手をさし伸べて、
「
ありがとう
メルシ・マドモアゼール
」
と言った。
「
今日は
ボンジュール・マダーム
」
久美子は婦人の手を握ったが、先方では久美子がびっくりするほど力を入れていた。
「わたくしで、お役にたつでしょうか?」
久美子はすこし赧くなって言った。
婦人は四十を越していると見えたが、肌のきれいな人だった。自分から黒い眼鏡を外したが、瞳が蒼い空を円く凝縮したようだった。久美子の顔を、その瞳が動かないで見つめた。
「さっそくお願いを聞いて下さってありがとう。日本の庭と、日本のお嬢さんを、ぜひ、撮りたかったのです」
手に提げていたカメラの蓋を取り、長い指でレンズのデータを合わせていた。爪の紅い色が、このときほど際立って美しく見えたことはない。
背が高いためでもあったが、構図の上から、婦人は久美子の前にしゃがんでシャッターを切っていた。絶えず、きれいな歯を出して微笑わらっていることには変わりはなく、久美子に手ぶりでポーズをつけるのも派手な身ぶりだった。通行人がじろじろ見ては行き過ぎた。
|