ホテルのドアマンが通りがかりのタクシーに手を上げてくれた。久美子は、元気に車に入った。ドアマンは添田があとから乗り込むものと思って、開いたドアを支えたままでいる。
「観音崎までだが」
と添田は外から運転手に言った。
「道はわかっているだろうね?」
運転手はハンドルを手にかけて答えた。
「そこに行くには、道がいくつもあるのかね?」
「いいえ、一本道ですよ。だんな」
「場所は広いかね?」
これは久美子が到着しても、ヴァンネード夫妻が他所に行っていれば、眼に触れない惧おそれがあるからだった。
「広くありません。海岸ですからね。それにコースが決まっているんです。遊ぶところがほとんど同じですと」
添田は安心した。
「行ってらっしゃい」
添田は手を挙げた。」
「なるべく早く行きます」
「お待ちしてますわ」
久美子が自分の顔の前で小さく手を振った。
自動車が白い道路を走り去って行く。後ろの窓に久美子の顔が振り向いていた。
添田はホテルの階段に引き返した。急にじっとしていられない子持ちで、行動も性急になっていた。エレベーターに乗った時も無意識に行動が粗暴になっていた。先に乗っていた外人が添田を睨んだ。
「ここで拝見していたよ」
滝良精が部屋に再び添田を迎えて、最初に言った言葉だった。
「久美子さんの車がこの建物の陰で見えなくなるまでね」
「間に合うでしょうか?」
「大丈夫だろう」
滝はパイプに煙草を詰めた。空から射す秋の光線の中に滝の白い髪が光っている。その半分を斜めに影が区切っている。
「あの人だって娘が来ることを予期しているからね。それは気を付けて見ているだろう」
滝は俯向うつむいてライターを鳴らした。滝の重厚な様子が添田にもその安堵を伝達した。
「ぼく、久美子さんに何も言えませんでした」
「それでいいのだ」
滝はすぐ答えた。
「余計なことは言わぬがいい。そりゃ、父娘おやこですぐわかることだ。あの人には娘に逢った時の覚悟もあるだろう」
窓で衰えた蠅はえが翅はねを動かさずにうずくまっていた。
「奥さんが一緒の筈ですが」
添田が心配して言った。
「大丈夫だ」
と滝は、これにも安心させた。
「あの奥さんなら大丈夫だ。フランス人だが日本婦人のようなひとだ」
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