~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅹ』 ~ ~

 
== 『 動 乱 』 ==
著 者:辻 尾  耕 平
発 行 所:新 風 舎
 
 
 
 
 
将軍暗殺 Prt-02
「無謀な、叛逆じゃ」
覚慶は大きな体をふるわせて叫びがしたが、我が身もそれではどうなるかも知れたものではなかた。いつ軍勢が寺内に踏み込んで来るやも知れない。覚慶は兄や弟の死に悲しんでばかりでもおれず、が身の危険に蒼白となり、体の芯を震わせた。が、そののちも軍勢は寺を厳しく包囲しつづけたままで、めだつ動きはなかった。
その日も暮れ、翌日も同じような日々を一日一日と送らざるを得ない。幸いそののちも軍勢は寺内に踏み込んで来る気配はなかったが、周囲はびっしりと武者で固められ、馬のいななきと武具の触れ合う音が、寺の者たちを怯えさせた。ところが十日も過ぎれば、まさか三好・松永とて我が身にまでには危害を及ぼそうとは思わなくなったのではないかという希望もわいた。とくに覚慶には事態を己の都合のよいようにとる癖があり、この後のあつかましさにも通じている。それはさておき、覚慶はもの心ついた頃より出家していた。貴種とはいえ、およそ武家の社会とはすでに無縁となって久しい。その身までも三好らが襲いに来ることはないと思いたい。が、弟もまた僧であったが殺されている。いかなる理由かわからぬが不安はまだ大きく残った。
どう身を処してよいかわからず、覚慶はとりあえず院家の光明院に手紙で下問することとした。が、もう数日もつづいている軍勢包囲の中で、小姓たちは不安におびえつづけ、心身ともに突かれて使いの役に立つ者が居なかった。どう包囲の者を丸め込んであらわれるのか、再び鎌倉屋が姿を見せたのに覚慶は小躍りして手紙を託した。が、その光明院からの返書もこれといった名案はしたためられていなかった。ただ、朝倉義景が三好に対し覚慶の身を案じるようにと言って来ているようであった。朝倉は七代二百三十年にもおよぶ名門であり力がある。三好もその朝倉の言い分をむげに退けるというわけにもゆくまい。そこらあたりの力関係ならば覚慶にも理解は出来ていた。不安の日々ではあるが、ホッと胸をなでおろす報せでもあった。
2023/03/23
Next