~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅹ』 ~ ~

 
== 『 動 乱 』 ==
著 者:辻 尾  耕 平
発 行 所:新 風 舎
 
 
 
 
 
野望の芽生え Prt-04
永禄九年の正月を、覚慶は矢島の御所で迎える。新年の賀をのべに承禎はふたたび姿を見せは舌が、その日はあわただしく帰って行った。おそらく上洛の具体策を問われるのを避けたためであろうとは、細川藤孝の意見であった。
矢島の御所へは、どこにひそんでいたのであろうか、旧幕臣たちが次々と姿を見せて来た。が、そのどれもが幕府再興のあかつきに際し、己を売り込んでおこうとする気の見え透いた者たちばかりであった。それらの対応や小大名の来訪に藤長らは、いやでも忙殺される日々を送った。
承禎の意を受けている矢島は、同名衆の中から選りすぐった美女を、その年から覚慶の伽にと差し出して来ていた。
とよの体で女体の魅力に開眼していた覚慶は、喜んでその夜から女を閨に侍らせた。やや太り気味のとよとは違って、ほっそりとした体つきと、抱きしめれば折れるかと思われる腰つきに、覚慶はまた新たなる女体の妙味を見つけたようである。顔もとよとは比較にならぬ程に美しい。十日ばかりはとよを遠ざけ、その女を溺愛した。
「痩せている女もまたいいものじゃ」
ぬけぬけと一色藤長に言ったりもする。
そののちは、女二人を夜毎取り替え房事を愉しむ覚慶に、
「過ぎる」
と、細川藤孝はやや渋い表情を見せたが、
「まあ、よいではないか」
一色藤長はなだめる役にまわっていた。
そんな日々の中、女二人が些細な事で、いさかいを起こしていた。頬をふくらませるとよと、柳眉をさかだて夜叉のような表情に一変した女の間に立って、覚慶はおろおろと思いつくままに言葉を並べてなだめるが、女たちは覚慶の寵愛に慣れておさまる様子もない。みかねて一色藤長が中に入ると、
「万事は藤長に任せる。藤長に」
と、ほうほうのていで覚慶はその場を逃げ去り、
「いやはや、見掛けによらず女が恐ろしいものとは、初めて知ったるものよ」
あとで一色藤長に苦り切った表情で洩らしていた。
2023/03/27
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