~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅹ』 ~ ~

 
== 『 動 乱 』 ==
著 者:辻 尾  耕 平
発 行 所:新 風 舎
 
 
 
 
 
越前一乗谷 Prt-02
まわりの状況が春の訪れと共に次々と己に有利になってきたことで、義秋は気難しい日々の表情をさらりとかえていた。上洛すれば将軍位はまちがいなく義栄から己に移って来ることは、都での人気が圧倒的に己にある事を、この男は抜け目なく知り抜いていた。かねて己が義景の母に二位の位を約束していたことも、このほど正式に都より送達され、義秋の朝廷に対する自信をさらに深めている。義景はこの感謝として、朝倉館南陽寺なんようじにおいて歌会と豪華な花見の宴を催した。
将軍位奪回ま近いとみた義秋は、名を義昭と改名した。「秋」の字が侘しさを含んでいて不吉とは、公卿山科言継ときつぐにも言われたことがある。
この改名の式を行うために、義秋は前関白二条晴良はるよしと山科言継に一乗谷までの下向を求めようとしたが、
「ただいまでは、とてもご両名を御呼びするだけの費用はまかなえませぬ」
と、一色藤長に内緒を打ち明けられ、晴良だけを招いていた。
が、春には上洛を果すとまでに言っていた朝倉に、その後もまったく兵をくり出す様子は見られなかった。
じれた義昭は日に何度となく細川藤孝を呼びつけては、その後の朝倉家中の動きを尋ねた。
もはや朝倉が頼りにならないとは、細川藤孝もこの時点、自分が朝倉入りをすすめた手前もあって即答出来かねている。
朝倉のことは己自身の胸に秘め、藤孝はこのとき一人の男と接近をはかっていた。
男の名を明智光秀。いまは義景に仕えて五百貫文の知行をもらい、寄子百人をあずけられている身であるが、聞けば織田信長の内室とは血縁関係にあたるという。天下の情勢をみる意見はことごとく藤孝をうなづかせるものを持っており、人品いやしからず、かつ、奢るところもない。およそ武将には似つかわしくはないほどのやさしい顔だちであるが、話すほどに人をひきつける魅力と覇気をもった人柄は、たちまち細川藤孝の心を魅了していた。
「もはや朝倉は、眠ったままの獅子のようなごときもの」
ちは、その光秀の意見であり、今後義昭が頼るべきは、織田であるとはっきり藤孝に断言していた。
この時の光秀の立場は、旧態依然として新参者を重く用いたがらぬ朝倉をすでに見限り、実力のある者ならばどしどしと登用する織田に熱い視線を向けていた、信長に近づくきっかけを狙っている時でもあった。
光秀と藤孝。この時点、両者の思惑は多少違ったとしても、信長と朝倉に対する見方は完全に一致していた。
義昭の名のもとに信長と接近をはかり、己の未来を築こうとする光秀。その光秀を動かすことによって再度信長の力を利用しようとする細川藤孝。二人の仲は日々親密度を深めていた。
2023/04/05
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