~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅹ』 ~ ~

 
== 『 動 乱 』 ==
著 者:辻 尾  耕 平
発 行 所:新 風 舎
 
 
 
 
 
と よ Prt-03
この頃、光秀は将軍直参であるとともに信長からも扶持をうけている。自然と、両者の橋渡し役は光秀の仕事になっていた。
「余を拘束するつもりか、信長は」
光秀から示された掟の内容に、義昭は途方に暮れた表情を見せ、やっと信長に嫌なものを感じはじめだしていた。
二条室町、斯波しば邸跡に造営される義昭の御所は、二月の二日に着工した。畿内十余ヶ国に工事費をかけ、真正極楽寺をはじめ近傍の民家を払いのけ、数千人の人夫を動員した大工事であった。
御所造営は信長にとって、武威を天下に知らしめる一つの事業であった。慈照寺から庭石を移し、細川氏の旧邸にあった藤戸ふじと石という巨石は信長自らが指揮をとり、綾錦で包み花を飾って大綱で笛や太鼓ではやし立てて引かせた。
大工事は昼夜の別なく続けられた。
信長は白刃を手にして、再々工事現場に現れて自ら監督した。一刻も早く完成させることも、力の誇示につながってくる。
日々着々と完成に向ってくる室町の御所。義昭にとっても、それは夢の実現に他ならなかった。槌音の響く喧騒さえもかえって心地よい。
「どのあたりまで、出来たのじゃろうか」
と、一色藤長をたびたび見に行かせるほどであった。
寒さも小康を得た二月の二十日、義昭は放鷹ほうようを京都郊外の野で楽しんだ。武芸にはまたtく縁のない義昭であったが、馬だけはなんとか乗りこなせるまでになっており、鷹匠の放つみごとな技に感嘆してはくったくのない笑いを見せていいた。兎や雉など多くの獲物を狩り立てたことも、義昭を子供のように興奮させていた。
播磨はりま浦上宗景うらかみむめかげの家臣、宇野下野の娘を、信長が義昭の侍女として差し出して来たのは、その夜からであった。
「殿中の掟」を押しつけた信長ではあったが、義昭の機嫌をあまり損ねることも先々まずかろうと思い直したのであろうか。
狩りの後の酒宴で酒気の残っていた義昭は、一色藤長からそのことを耳うちされてはいたが、近頃のとよのますますしつっこさを増してきた情交には辟易へきえきし、交わりそのものに対しても飽きだしていた。それに播磨国と聞けば、田舎女に類するものと想像がつく。狩りの疲れもあり無用だと言おうとしたが、一色藤長がとびきりの美女だという言葉にひかれた。根は好色である。食指が動き一応は閨に入れさせることにした。
義昭の酔眼が、一瞬のうちに覚醒したのはその女を一瞥した時からである。五体に痺れるほどの歓喜がわいた。ほのかな燭の灯に照らされた白い顔は、この世のものとも思えぬほどに清らかであり、背にたれる長い黒髪がよりいっそう義昭を魅了した。
「播磨国から来たというは、まことかや」
女はうなだれた顔をかすかに頷かせた。そのしぐさが少女のようにまた可憐でもあった。
「余が義昭ぞ。将軍じゃ」
己自身何を言っているのかわからぬほどに興奮した。
女は小柄で義昭の大きな体にすっぽり隠れてしまうほどで、か細い。その身が義昭を前にしてふるえていた。
「こわがることではない」
義昭は冗舌になりながら、女に近付き抱きしめた。
が、あとは委細かまわず、帯を解き、白い寝衣をはぎ取った。華奢な体とはうらはらの豊かな双の胸乳がむきだしになる。その乳房に義昭ははげしく唇を押しつけていった。
脳裏に昼間見た鷹が小兎をつかまえる光景がよぎる。わずかな女の抗いが義昭をさらに煽る結果になっていた。
義昭は、されるがままの女体に二度までももしかかり、
「法悦じゃ」
と、何度もつぶやいては果て、あとは高い鼾で眠りこけた。
2023/04/11
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