~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅹ』 ~ ~

 
== 『 動 乱 』 ==
著 者:辻 尾  耕 平
発 行 所:新 風 舎
 
 
 
 
 
さ こ の 方 Prt-01
二条御所は着工よりわずか七十日余りで完成を見た。
宣教師ルイス=フロイスの報告書においても、普通なら四、五年は要するだろうという工事をこれだけ短期間にやりあげたことに対する驚嘆が示されている。
敷地四町四方。周囲の石垣の堀深く、内側にもまた小堀があった。出入りの門は東・西・南の三か所に開けられ、御所とは言え武家の平城と変わらない。秋口までは、その周辺に奉行衆・諸将達の邸も出来上がり、西側には整然とした町屋が建ち並ぶことになっていた。
義昭が木の香も香る「室町殿むろまちどの」に移ったのは、四月十四日のことであった。
無事、義昭の動座を見届けた信長は、その月二十一日、帰国の暇を告げるべく義昭を訪問した。
信長は以前、細川藤孝より内々の話としてあった副将軍職を蹴っている。しかし、今度は天皇の勅旨ちょくしという形で受けるように迫られていた。無論これには義昭の働きかけがあったのは言うまでもないが、勅旨では断わり切れないというのが普通である。が、信長は奉答ほうとうを返さず、今度はだんまりを決め込む態度に出ていた。その信長を目の前にして義昭は、先程から気まずいようなものを感じていた。義昭とすれは信長にもはや与えるなにものもない。義昭が朝廷に働きかけたことに対しても、いちもの信長ならば嫌味の一つも出るところだが、今日の信長はほとんど無言であった。そのことが、よりいっそう義昭を重い気分にさせ、会見は義昭からの感謝の言葉が並べ続けられるだけとなた。それでもこの時の信長は謙虚であった。
「将軍家にかくお喜びいただけることこそ、この信長にとりましては大冥利」
と、平伏してみせた。
その日のうちに京を発つ信長に、義昭は言葉だけではまだ足りぬと考えたのか、わざわざ門外にまで自ら見送りに出た。
将軍側近として藤長、藤孝らと共に門外に佇む三淵藤英は、一色藤長だけに聞こえうような声でそっと渋い表情でささやいた。
「なにもここまで天下の将軍が、信長にへりくだることもないのではないか」
藤長は曖昧な返事を返したが、三淵藤英はなお腹立たし気に舌打ちを繰り返し、去り行く信長一行の背を睨みつけていた。
2023/04/12
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