~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅹ』 ~ ~

 
== 『 動 乱 』 ==
著 者:辻 尾  耕 平
発 行 所:新 風 舎
 
 
 
 
 
信長包囲網 Part-03
「すぐ発つ」
いらだたしげに一色藤長を呼びつけた義昭は、親征の拠点を確保せよと命じていた。しかし、毛利の了解も得ぬままに行動を起すことは軽々であると、藤長が首をよこに振ったことで義昭の表情が一変した。
義昭は、今回の信長包囲網を完成させたのは自分であるという自負を持っていた。一つ一つの己の打った謀略が信長をこの窮地に立たしめたのであり、毛利はその謀略に協力しているに過ぎないという自惚れとも誇りともいえる気持を持っていた。ために、藤長の「毛利の了解」などと言う言葉は、義昭の耳には不快であった。
「余に逆らうとは、思い上がりも僭上なり」
顔面を真っ赤にさせて義昭は激怒し、藤長をののしり罵倒し、ついには絵図面上の駒を藤長に投げつけまでして怒り狂った。
そして、藤長に対するこの怒りは日を置いてもやわらぐことはなかった。
肩を落として鬱々として楽しまぬ藤長を、ある者は同情し、ある者は陰でさせ洗うといういやな御所の空気が生まれていて、藤長にとっては春日の局の存在だけが一つの光明ともいえた。
春日はそんな藤長をなぐさめるために、何度となく茶をもてなしたが、そのことがある日、藤長を思い切った行動を取らせる結果となってしまっていた。
狭い部屋にこの時たまたま侍女が居ず、春日の局一人きりであったということもある。しかし、これまでもこのような形で、藤長なればという扱いを受けていた。
かつて義昭は酔った勢いで藤長に、春日を抱けと命じてことがあり藤長を震え青ざめさせたことがあった。
「他の男では油断がならぬが、藤長ならばさしたることではない」
とは以後、藤長に対しての義昭の安心評といったようなものではあったが、いってみればこれは藤長に男を認めていないこととも言えた。
藤長にとってこの行動は決して狂気の沙汰のものではなかったと言える。春日に対しての抑えに抑えていた思いに、ついに火がつき炎上したまでであった。
藤長は思い決してついに春日の局の手を握った。
が、抱き寄せようとする藤長の胸を、やんわると春日の腕が押し戻していた。そして、目の前に拒絶する春日の涙を浮かべた顔を見た瞬間、藤長の全身から力が抜け去り、それと同時に春日の体は藤長の腕の中から消え失せていた。
藤長は残り香がただよう部屋の中で、なおしばらくは一人で座つづけた。
藤長の姿が御所から消えたのは、その時からである。
親政をめぐって義昭からひどく叱責されたことが、出奔の原因だなどと御所内のもっぱらの取り沙汰ではあったが、義昭はそうは思ってはいなかった。
閨の中で義昭は、そのことを春日に糾し、春日のこわばった表情を見るに及んで薄笑いをうかべた。
その夜、義昭は粗暴に春日を扱った。ちぎれるほどに舌を吸い、血の出るほどに乳首を噛んだ。声一つ洩らさず春日は、人形のように無反応なままで義昭を受け入れ、義昭はこれでもかこれでもかと一方的に春日をさいなみつづけていた。
2023/05/18
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