~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅹ』 ~ ~

 
== 『 動 乱 』 ==
著 者:辻 尾  耕 平
発 行 所:新 風 舎
 
 
 
 
 
さらなる生き方焉 Part-02
その当日、突如、秀吉もが臨席するということになり、輝元、隆景ら毛利一族と宇喜多秀家rは、慌てて門外の橋まで出向いて秀吉を待った。
しかし、昌山は彼らの中には己の姿を含めようとはしなかった。
待つまでもなく秀吉は、わずかな供回りを連れただけの、いかにも忍びといった形で現れ、輿から降りると輝元らにこの男独特のにぎやかな挨拶の声をかけていた。やがて、秀吉を先頭に、一行はにぎにぎしく門をくぐって来た。
昌山は、庭にまで降りはしたが、そこから動かずに秀吉を待つために佇んだ。
「やあ、昌山殿も見えられてか。これはうれしや」
秀吉はこの昌山の態度に屈託のない大きな声を遠くからかけ、皺の多い猿面に笑顔を見せた。
昌山は、軽く頭を下げ、この声に答礼を返した。
宇喜多秀家の招待は、秀吉が君臨したことによって大きく趣が変わり、まったくの秀吉を中心とした宴となっていった。秀吉独特の大きな声がたえず座を占め、昌山は隆景らとろくろく話を交わす機会を見出せぬままに、刻は過ぎて行った。
そんな雰囲気に頓着なく、秀吉は一人悦に入り、上機嫌のままに座を立つと、先に賑々しく帰って行った。
「いつに変わらぬ、お方でござる」
宇喜多秀家は、昌山らを送り出す時に、そんな言葉を吐いていた。
思わぬ宴となったことで、宇喜多秀家は昌山らに対してのすまぬ気持と、秀吉に対する気遣いにすっかり疲れた様子を見せていた。
隆景と輝元が、安国寺恵瓊と細川幽斎ゆうさいを伴って、城中の屋敷を訪れて来たのは、その夜のことであった。
昌山は自ら立って彼らを出迎え、急ぎ藤長に命じて晩餐を整えさせた。
この席で昌山は、輝元や隆景に対して、鞆での長きに渡っての世話になったことにあらためて深謝した。
毛利一族は、今なお昌山に対して将軍位にあるがままのうやうやしい態度で接していた。
昌山も毛利に対しては、依然として将軍であったかつての態度を取りつづけている。しかし昌山は立てられるままに、その態度を自ら改めようともしていないが、べつに不自然とも思われなかった。
「過ぎれば、鞆でのあの頃がなつかしいものぞ」
昌山は杯を乾したのち、感慨深げな瞳をしてつぶやくように言っていた。
流れ公方と言われ、鞆に至ってからの様々のことが、恵瓊を交えて彼らの間で楽しい思い出話となっていた。次から次と話が移るにつれ、いつしか話題はこの座に居ない吉川元春のことに及び、座はしんみりとなっていた。
2023/06/12
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