その後、下手人は知れない。
歳三は、その後、すぐに府中を発って自分の村には帰らず、江戸小石川小日向の坂の上にある近藤の江戸道場に転がり込んだ。
「どうした」
とも、近藤は言わない。
歳三も、黙っている。
近藤にとっては、歳三は、武州における天然理心流の保護者である佐藤彦五郎の義弟だから、門下とはいえ、養父の代から特別の扱いをしていた。性格は違うがふしぎにうまが合ったから、数年前に義兄弟の縁を結んだ。
数日して、江戸の近藤道場にも、甲源一刀流の六車宗伯が何者かに斬られた、という噂が流れて来た。
「知っているかね」
と近藤が、道場の奥で寝ころんでいる歳三のもとにやって来て、言った。
「信じられんことだが、宗伯ほどの者が、やられた。斬ったのは、最近、蕨から入り込んでいる柳剛柳の連中らしい。その証拠にすねにさんざん傷を負っている。八州役人は蕨のほうをつついているという」
「斬り口は ──」
「大小、三ヵ所。どうも多すぎる。おそらく一人ではあるまい。よほど多勢で斬りたてたのだろうというのが、府中ｈうぇ調べにやった井上源三郎の報告だ」
「いや」
と、歳三は、起きあがって、
「一人だ」
「なぜわかる」
「斬り口の多いのは、仕手が下手だけのことだ。それに柳剛柳ではない」
「・・・・」
近藤は歳三の顔色をじっと読み取りながら、
「では、何流のたれだ」
「おれさ」
と歳三は言わず、にがい顔をいよいよにがくして、そっぽを向いた。何かを考えている。
そのまま何を思ったのか歳三は江戸道場に住みつき、姿も武士に改めた。
六車宗伯を斬ってから、歳三の道場での太刀筋はまるで違ってきた。
自信が出来た、というのだろう。それとも、何か悟るところがあったにちがいない。
それまでは、近藤は、周斎老人から養子に見込まれるだけあった、腕は一枚も二枚も上だったが、それが違ってきた。
道場での稽古でも、近藤は十本のうち八本まで撃ち込まれ、ついに、
「歳の太刀は不快だ」
と、立ち合わなくなった。
近藤の柳町の道場には、神道無念流皆伝の松前浪人長倉新八、北辰一刀流の御内府浪人藤堂平助など、近藤と互角に使える食客がごろごろしていたが、これらも歳三に歯が立たず、
「土方さん、何か憑いたか」
と、笑った。
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