~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅱ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・上 』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
わいわい天王 Part-02
柳剛流については、はなしがある。
このころ、尾張大納言が催した大試合おおよせのとき、当時脇坂侯の指南役をしていた柳剛流の某という者がこのすね斬・・ぎりでほとんどの剣士を倒した。
立ち合う者は、つい足に念を取られて構えを崩され、思う所に撃ち込まれた。最後に立ったのは、千葉の小天狗こてんぐで知られた周作の次男千葉栄次郎である。
立ちあがるや、
── 待った。
と手をあげて道場の真中に坐り込み、しばらく竹刀を抱いたまま思案していたが、やがて立ち合うと、乱離骨灰るりこつぱいに柳剛流が打ちにめされた。
栄次郎が考えた防ぎに工夫というのは、すね・・を撃って来る敵の太刀に対し、ももを前へ出してはずさず、わが足のキビスでわがしりるような仕方ではずしてゆけば念も残らず、防ぎも神速になる、というもので、これが千葉の北辰一刀流の新しい秘伝になった。
が、この場の歳三の相手は、武州八王子の剣客だから、江戸の名流がすでに確立している防ぎ手などは知らない。さんざんに撃たれた。
が、これを見ていて、
(はたしてそうだ)
と立ち上がったのは、七里研之介である。
(この男が、六車を斬ったな)
歳三の竹刀のふるいざまをみていると、府中猿渡屋敷の裏で討たれた六車宗伯の死体の傷の後と一致するのである。
(あの傷あとは、柳剛流・・・に似ていたが、ややなるところがあった。おそらく剣に雑多の流儀が入っている男だろう)
それが、この薬屋と見た。
「勝負、それまで」
よ七里は手をあげ、すでに疲労しきっている歳三の様子をじっと見ながら、
「薬屋、茶でものんでゆけ」
と言った。
2023/07/06
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