~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅱ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・上 』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
桂小五郎 Part-02
七里研之助は飛びさがって下段げだん。下段は狡猾こうかつという。攻撃よりもむしろ、相手の出方を試すのに都合のいい構えである。自然、構えが。暗い。
桂は小兵のくせに、剣尖けんさきを舞い上げて派手な左上段をとった。構えに明るさがある。いかにも日向ひなたを歩いて来た男、という大らかさが、そのたいにあった。
が、小兵の上段だ。七里は、甘し、とみたのだろう。
中段に直すや、ツツろ間合を詰め、桂を剣尖で圧迫しつつ、
「やあっ」
と手をあげて胴を撃おうとした。その七里のわずかな起頭おこりがしら籠手こてを、桂は目にもとまらぬ早さで撃った。
「籠手あり」
周斎老人の手が、桂にあがった。
次は、桂が中段。
七里研之助は右上段に取ったが、足は自然体を取らず、古い剣法のように撞木しゅもくに踏み構え、歩幅が広い。木刀や真剣の場合はいいが、竹刀の場合は柔軟を欠く。
(泥臭どろくせえ)
歳三でさえそう思った。甲源一刀流といえば聞こえはいいが、所詮しょせんは、武州八王子の田臭でんしゅうが、ありありと出ている。
が、その点、桂はまるで違う。たい に無理がなく、竹刀が軽い。さすが、精練をきわめた江戸の大流儀である。
ぱっ、と七里の剣が桂の面を襲ったが、桂は体を退くと同時に、自分の剣のシノギで七里の剣をり上げてふりかぶり、踏み込んで面を撃った。
(巧緻こうちだ)
と歳三は思った。
が、撃ちは浅く、周斎はとらない。天然心理流では、骨にみ入るほどの撃ちでなければ、斬れぬ、として取らないのである。
桂は、さらに踏み込んで面をつづけさまに三度撃ったが、これも周斎はとらない。
つぎは、七里が桂の面を撃った。が、桂は一瞬腰を推進させ、右ひざを板敷につき、竹刀を旋回させて七里の右胴を、びしり、と撃ち、さらに左足を踏み出して左胴を撃ち、つぎは立ち上がりざま、七里の籠手を撃った。七里は、桂の曲芸のような竹刀さばきに手も足も出ない。最後に桂は竹刀を頭上に旋回させつつ、七里の横面をとった。
「面あり」
周斎は、その撃ち・・を採った。
最後の一本は、桂は、こういう場合の他流試合の儀礼として籠手一本を七里にゆずり、さっと自分で竹刀をひいた。
(気障きざなことをしやがる)
譲りが見え透いているだけに、歳三は気に食わなかった。
「それまで」
2023/07/17
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