歳三は、それから数日のち、日野宿の名主佐藤彦五郎のもとに行って、浪士組加盟のいっさいを告げ、
「ついては
義兄
さん、たのみがある」
と言った。
「わたしに出来る事か、歳さんが武士になるのだ。きける話ならなんでも聞く。どういうことだい」
「刀です」
「こいつはうかつだった。催促されなくても私の方から黙って贈るべきだった」
とあわて者の彦五郎は仏間へ案内し、
樫材
かしざい
に鉄金具を打った大きな
刀箪笥
かたなだんす
をぽんとたたいて、
「三十
口
ふり
はある。気に入ったものならなんでも持って行きなさい」
と、底抜けに人のよさそうな微笑をうかべた。
義兄の微笑を見て、歳三は困った。
そんな雑刀なら、
束
たば
でくれても欲しくはないのだ。名刀が欲しい。それも、銘の点で、大それた野心がある。しばらく考えて、
「姉さんはいますか」
「おのぶか、
他行
たぎょう
しているが、もう戻るはずだ。おのぶにも用があるのかえ」
「お
夫婦
ふたり
そろったところで、無心をしたいのです」
「そうかそうか」
やはておのぶが、先代の墓参から帰って来て、浪士組参加の一件を歳三の口から聞いた。
「そう」
肚
はら
のふとい女で、なにも言わない。
おのぶは、土方家の六人兄妹のうちの四番目で、家じゅうで持て余し者のこの末弟をひどく
可愛
かわい
がっていた。歳三も、この姉が大好きで、子供の頃から生家にいるよりも、姉の婚家である佐藤家にいるほうが多かった。
「頼みとは、なんのこと?」
おのぶが言った。
「刀を
購
もと
めます。
金子
きんす
を無心したいのです」
「いかほどですか」
「口をきった以上は、断わられるのはいやですから、まず、承知した、と言って下さい」
「いいよ」
彦五郎は、肚の太いところを見せた。
「いくらだい」
「百両」
これには、夫婦とも沈黙した。このあたりの良田数枚を売ってもそれだけの金にはならない。屋敷で飼っている小者の給金が、年に山稜という時代である。
彦五郎の声が、つい荒くなった。
「一体、どういう刀を買うのだ」
「将軍、大名が持つような名刀を買いたい」
と、歳三は、平然として言った。
「だいそれた。・・・
「と
義兄上
あにうえ
は思いますか」
歳三は眼がすわっている。
「が、金高が大きすぎる」
「京では、西国諸藩や、不逞ふてい浪人がわがもの顔で町を横行している。それらの凶刃きょうじんら将軍をお護まもりするのです。護持する刀にも、それにふさわしい品位と斬きれ味が要る」
「───」「近藤さんは、虎鉄こてつを探しているそうですよ」
「虎鉄を?」
これも、大名ものだ。
「勇が、か、虎鉄を」
「そうです。いま愛宕下あたごした日蔭町の刀屋が必死に探しまわっています。京での仕事は、腕と刀次第で生死しょうじが決する。私も虎鉄とならぶような業物わざものをもちたい」
「そ、それもそうだな」
彦五郎は、おにえに似た眼で、女房のおのぶを見た。おのぶは落着いている。じつを言うと、実家の土方家から輿こしい入れするとき、実父が五十両の金を鏡台に入れてくれた。
「歳とし、義兄にいから五十両貰いなさい」
「五十両でいいのか」
おのぶは、あとは自分の五十両を足し、二十五両包み四つを作って歳三に渡した。
「恩に着ます」
と、この他人には傲慢不遜ごうがんふそんな男が、おのぶが思わず頬ほおをなでてやりたくなるような子どもじみた笑顔を作ってそれを受けた。
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