~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅱ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・上 』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
ついに誕生 Part-03
清河八郎は、毎日、外出する。御所の方角に出かけるのだ。
御所には、
「学習院」
という新設の役所がある。公卿の中から頭のいいのを選んで詰めさせ、対幕府政策を研究、議事させ役所である。といっても公卿などは、源平以来七百年政権を取り上げられていたからなんの政治訓練もなく、自分自身の判断力などはまるでない。要するにその役所に出入りする「尊攘浪士」の議論に踊らされているだけの役所である。
清河も、その傀儡師かいらいしのひとりである。
歳三は、清河の道筋を研究させた。
(さすがに剣の清河だな)
と感心したのは、毎日、清河の往復の道すじがちがうことである。刺客の待伏せに用心しているのだろう。
探索の結果、毎日そこだけはかならず通過するという場所をみつけた。
九条関白家の南、丸太町通(東西)交叉こうさする高倉通(南北)の角である。
角は町家で、空家あきやになっている。
(これは都合がいい)
歳三は近藤と芹沢に説き、そこに人数を隠しておくことに決めた。
「暗殺は、かならず夜であること」
と、歳三は芹沢に言った。
「それも一撃で決していただきます。ぐずぐずしておれば、こっちの顔を知られてしまいます」
「心得た。君は軍師だな」
「人数も、小人数に」
「わかっている。君に指図されるまでもない」
近藤、芹沢の両派とも、前記四人のほかはこの密謀を知らないのである。だから、暗殺も、四人でやるほかなかった。
四人を二組にわけた。
近藤勇、新見錦。
芹沢鴨、土方歳三。
この二組が交替で、空家に潜む。組み合わせをわざと仲間同士にしなかったのは、もし清河の首級をあげたばあい、両派のどちらかの一方的な手柄てがらになってしまうからである。歳三はそこまで周到であった。
計画は、実施された。
しかし、清河も抜け目がない。出かける時には、かならず数人の腹心の猛者もさを左右に従えていた。
それに、日没後は、歩かない。
「まったくすきがない男だ」
近藤までが、を上げてしまった。毎日待ち伏せるのだが、あたりが明るすぎるのである。
芹沢などは、歯ぎしりした。
板塀いたべいのふし穴か覗いていて、芹沢はいまにも飛び出そうとするのだが、歳三は懸命に抑えた。
2023/08/06
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