~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅱ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・上 』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
四条大橋 Part-02
芹沢鴨は、自室で、新見錦、野口健司、平山五郎ら水戸以来の腹心の連中と飲んでいた。
どの男のひざの前にも、贅沢な酒肴しゅこうの膳がある。
この芹沢系五人は、近藤系の連中とは違い、食うものも、着るものも、豪奢ごうしゃであった。いずれも黒縮緬くろちりめんの羽織をまとい、芹沢などは、三日にあげず島原にかよい、すでにいい女まで出来ているという。
近藤は、その資金の出所は知っている。彼らは、市中のめぼしい富家に難癖をつけては「押し借り」をはたらいているということだ。
「押し借り」などは、尊攘を口念仏にしている浮浪志士のやることではないか。それを鎮圧する、というのが、京都守護職から差しゆるされた新選組の本義ではないか。
近藤は着座した。
「いかがです。近藤先生」
と、新見錦は、杯をさしだした。
「いや、私は結構」
「ああ、近藤先生は下戸でしたな。されば菓子でも」
頂戴ちょうだいできませぬ。私どもの子飼いの者は、朝起きれば夕餉ゆうげの膳の米のめしの心配からせねばならぬていたらく・・・・・です。頂戴しては、罰があらりましょう」
「ほほう」
新見錦は、酔っている。皮肉に笑った。この男は、このときから半年後に、「遊興にふけり隊務懈怠げたいのかどにより」ということで、祇園で近藤一派のために詰め腹を切らされる男だ。
「感服しましたな、さすがに芋道場の御素姓は」
あらそえぬ、というつもりだったのだろうが、自分でも暴言に気づいたか、そこまでは言わず、
「ご質朴しつぼくなものでござる」
近藤は、黙っている。
芹沢は、床柱の前から声をかけた。
「近藤君、お話は?」
「されば」
近藤は膝をすすめ、口下手だがよくとおる声で、歳三に教えられたとおりのことを言った。
「小大名?」
芹沢も、満足した。
「なるほど、とくぞ申された。皇城鎮護、将軍家御警固のためには、我々はゆくゆく十万石の大名ほどの人数、武備を持つ必要がある。さっそく、守護職にかけあおう」
「拙者も、お供つかまつる」
近藤は、言った。いつまでも京都守護職との折衝を芹沢にだけ任せておけば、近藤一派は、下風に立つばかりであった。
早速、近藤は歳三に命じて、門前に馬を揃えさえた。
三頭、用意された。
芹沢は、近藤が乗ってから、もう一頭に気づいて、
「近藤君、この馬は?」
「さあ」
近藤は、とぼけた。
坊城通を四条に出てから、うしろから歳三が馬でけて来た。
「なんだ、君もか」
「お供します」
「君が来るなら、うち・・の新見も呼べばよかった」
黒谷に到着し、会津藩公用方外島機兵衛らに会い、この建案を大いに弁じた。歳三はあくまでも近藤を立てるように巧妙に話をしむけていったから、自然、会津側も、近藤のばかり話しかけるようになった。
「よくわかりました」
会津人は行動力がある。
すぐ別室で、家老横山主税、田中土佐らが協議し、藩主容保に通じた。容保は即決した。時期もよかった。会津藩は、面高二十三万石のほかに、京都守護職拝命とともに公儀から職捧五万石を加えられ、さらに数日前五万石が増加されるという内示があったばかりであった。京都駐兵の費用は、潤沢すぎるほどになっている矢先だったのである。
2023/08/08
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