~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅱ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・上 』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
四条大橋 Part-04
まず中隊付将校ををつくる。
これを助勤じょきんという名称にした。名称は、江戸湯島の昌平黌しょうへいこう(幕府の学問所。東京大学の前身)の書生寮の自治制度からとった用語で、歳三はこれを物知りの山南敬助から聞き、
「それァ、いい」
と、しぐ採用した。士官である助勤は内務では隊長の補佐官であり。実戦では小隊長となって一隊を指揮し、かつ、営外から通勤できる。その性格は、西洋の軍隊の中隊長付将校とあなじであった。
隊長を、
「局長」
と呼ぶことにした。
ただ、芹沢系、近藤系の勢力関係から、局長を三人つくらねばならなかった。芹沢系から二人出て、芹沢鴨と新見錦。
近藤系からは、近藤勇。
その下に、二人の副長職をおいた。これは近藤系が占め、土方歳三、山南敬助。
「歳、なぜ局長になたねえ」
と近藤がこわい顔をしたが、歳三は笑って答えなかった。隊内を工作して、やがては近藤をして総帥そうすいの位置につかしめるには、副長の機能を自由自在に使うことが一番いいことを歳三はよく知っている。
なぜなら、隊の機能上、助勤、監察という隊の士官を直接握っているのは、局長ではなく副長職であった。
助勤には、旗上げ当時の連中の全員をつけさせ、それに新徴の士数人を加えた。助勤十四人、監察三人、諸役四人、これら士官は、圧倒的に近藤系をもって占めた。
「出来た」
歳三は、上機嫌じょうきげんであった。
すでに桜が散り、京に初夏が訪れようとしている。
隊旗もでき、制服も出来た。新選組は名実ともに誕生した。歳三にとっては、かけがえのない作品のように思われた。
桜がまだ散りきらぬころ、暮夜、市中見廻みまわり中の近藤が、沖田、山南とともに、四条烏丸からすま西入ル鴻池こうのいけ京都屋敷の門前で、塀を乗り越えて出ようとした押し込み浪人四、五人を斬り伏せたことを皮切りに、諸隊、毎夜のように市中で、「浮浪」を斬った。
当時、会津藩公用方のひとりであった広沢富次郎が、その随筆「鞅掌録おうしょうろく 」に、
浪士、一様に外套くわいたうを着し、長刀地に曳き、大髪だいはつかしらをおほひ、形貌はなはだふとぶとしく、列をなしてゆく。ふ者、みな目をそむけ、これをおそる。
とある。
都大路の治安は、まったく新選組の手ににぎられた。ときには、大坂、奈良まで「出陣」し、浪士とみれば立ちどころに斬った。
このころである。
歳三は、建仁寺けんにんじのある塔頭たっちゅうで会津藩公用方外島機兵衛と会談し、そのあと、沖田総司ひとりを連れて、大和路を北に向った。
風が、こころよい。
「木の芽のにおいまで、京はちがうような感じがしますなあ」
と、沖田は、相変わらず呑気そうだった。
「総司は、京が好きか」
「ええ」
沖田は、微妙に含み笑いを見せた。歳三は、この沖田が、相手がたれとまではつかめないが、淡い恋をおぼえているらいいことを、その言葉のはしばしで察していた。
「土方さんは、きらいですね。一体、京のどこが気に入らないのだろう」
「土が赤すぎる。土地というものは、ゆらい、黒かるべきものだ」
「武州では、黒いですからね。土方さんの好ききらいなんて、みなそのでんだからな。私など、困ってしまう」
「なにが、こまる」
「べつに困りはしないけど」
沖田はくすくす笑って、
「きっと、恋をなさらぬからですよ。京女に恋をなされば、土方さんはきっと変ると思いますね」
「なにをいいやがる」
ふと、武州府中の社家の猿渡家さわたりけのお佐絵が、九条関白家にいるはずだが、と思った。が、あの当時あれほどおもった女の顔が、いま、思い出そうにも思い出せないのだ。京にのぼってから、すべての過去が、遠い昔の出来事のように思われる。
「武州では、いろんなことがあったな」
「あったといえば」
沖田は、急に話題を変えた。
「例の八王子の比留間道場の七里研之助が、いましきりと河原町の長州屋敷に出入りしているそうですよ」
「たれにきいた」
「藤堂さんが、たしかに昨日、長州屋敷に入るのを見た、といっています」
「ふむ」
歳三たちは四条通に出た。大橋を西へ越え、茶店で休息した。貸し提灯ぢょうちんを借りるためであった。日が、暮れはじめている。鴨川かもがわの水に、あちこちの料亭のがうつりはじめた。
往来を、人が行く。黄昏たそがれどきのこの通りの人の急ぎ足というのは、平素、悠長ゆうちょうな町だけに格別な風情ふぜいがあった。
提灯が西へ過ぎる。
また群れをなして東へ行く。
その提灯の一つが、パッと消えた。
「総司」
歳三は、立ちあがった。
路上に血のにおいが立ち、落ちた提灯のそばで、人が斬られている。
2023/08/11
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