木屋町に、
紅次 という料亭がある。ただしくは紅屋次郎衛門というのが詰まったものだ。
「紅次」
と、沖田はつぶやいて立ちどまったが、すぐ格子のそばをゆっくりと歩きはじめた。
酒席の唄うたが聞こえる。それをじっと耳袋に溜ためるような表情をしながら、
「土方さん」
と、うなずいた。
武州の麦踏みの唄なのである。
「わかった。総司、ここを固めておれ」
云いいおわると、歳三は、ガラリと格子を開けた。
「御用によって改める」
叫ぶなり、かまちへ飛び上がってツツと走り、ふすまを開けた。
── 何者か。
と、一座の武士が、歳三を見た。なるほど人数は六人。まげも、土州風の者が二人、長州者らしい秀麗な顔つきの者が三人。それに歳三の顔見知りの者がいた。
名は知らない。
たしかに武州八王子の甲源一刀流の道場で、七里研之助の下についていた男である。
(七里も京へ出た、というが、はて、この場はこの男ひとりか)
「何者だ」
と、入口の一人が、とびのいた。それに応ずるように一斉に膝ひざをたて、刀を引き寄せた。歳三は、ずらりと一座を見まわした。
(どの面つらも、相当に出来そうな)
歳三は、そっと袴はかまをつまみあげ、ゆるゆるとした動作で股立ももだちをとった。
「無礼であろう、名をいえ」
「土方歳三という者だ」
「えっ」
一斉に立ちあがった。歳三の名は、すでに京の尊攘運動者のあいだで鳴り響いている。
「さきほど、四条橋畔で、九条家の雑掌某を斬ったのはお手前方であろう」
「そっ、それが」
と、入口の背の高い男が言った。
「どうしたっ」
「詮議せんぎする。隊まで御同道ありたい」
行く馬鹿はない。
入口の男が、返事がわりに抜き打ち、横なぐりに斬ってきたのを、歳三はかまわずに踊り込み、あっ、と一同が息を呑む隙に座敷の中央をまっすぐに駈かけ抜けた。
そのまま障子を踏み倒して、廊下へ出、くるりと座敷に向いた。
逃さぬためである。表に逃げる者のためには、沖田が待っている。みごとといえるほどの喧嘩けんか上手であった。
「相手は一人だ」
と、男のひとりが叫んだ。
「押し包んで斬ってしまえ」
「燭台しょくだいに気をつけることだ。火を出すと、京では三代人づきあいができぬというぞ」
そう言ったのは、歳三である。剣を右さがりの下段に構えている。
みな、近寄らない。
歳三の背後は、縁。
それに狭い庭がつづき、板塀一つをへだてて鴨河原である。
「諸君、なにを臆おくしておられる」
と、さきほど入口にいた背の高い男が、剣を中段に構えつつ、ツツと出た。
籠手こてを撃つとみせ、コブシをあげたとき、歳三の剣も、ややあがった。その瞬間、
「突いたあっ」
とすさまじい気合とともに体ごとぶつかってきた。
が、すでに歳三は片ひざつき、うなじ・・・をのばし、体をのばし、剣を突きのばして、相手の胴を串刺くしざしにしていた。
すぐ手もとへ引き、血の撒まき散った畳を飛び越えてさらに一人を右袈裟みぎけさにたたき斬った。
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