~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅱ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・上 』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
祇 園「山 の 尾」Part-04
その後、歳三は、赤沢を通して、芹沢鴨の非行をさまざま耳に入れた。
押し借りはする、無礼討ちはする、もっともひどい例は、これは赤沢からの情報ではなく、そrうぇどころか京都中の騒動になった事件だが、芹沢はその一派を引き具して一条葭屋町よしやまちの大和屋庄兵衛方に強請ゆすりにゆき、ことわられたとあって、
── されば焼打ちじゃ。
と、隊の大砲を一条通にえ、鉄玉を焼いてどんどん土蔵に撃ち込み、ついに土蔵を全部壊して引き揚げた。
近藤はその日、終日障子を締め切って隊士の前に顔を見せず、習字ばかりをしていた。よほど腹に据えかねていたのだろう。
── 監察山崎すすむが帰って来た。
赤沢守人の一件である。
「ほぼわかりました」
と、この律義りちぎな若者は言った。山崎は大坂高麗橋こうらいばしの有名な針医はりいの子で、剣も出来るし、棒も出来る。が、なによりも町育ちらしく機転が利くので、監察には手ごろの男といっていい。
「前夜、島原の角屋すみやで遊んでいたことはたしかです。長州の者数人と一緒でした」
「ふむ?」
歳三は失望した。
「たしかに長州者と一緒だったか」
「まちがいありません。長州藩士久坂玄瑞くさかげんずいほか四人」
「大物だな」
泥酔でいすいして、島原を出たのはたつノ刻。ここまでははっきりしています。おそくその後、千本松原に連れ出された上、られたのでしょう」
「待った。久坂らと一緒に出たのか」
「ええ」
「たしかか」
「なんなら、たしかめて参りましょう」
「いや、いや」
歳三は夕暮から支度をした。の羽織、仙台平せんだいひらはかま、それに和泉守兼定の大刀、堀川国広の脇差わきざし
島原の角屋に行ってみた。一度、近藤と一緒に登楼あがったときに、桂木太夫かつらきだゆうという大夫こつたいと遊んだ。女は、歳三がよほど好きになったらしく、その後も、仲居に古歌などを持たせてしきりと足の向くようにすすめている。
この夜、この桂木大夫と遊んだ。歳三は、さして酒が飲めない。
むっつりと押し黙っている。
大夫も少々もてあましたらしく、
すごろく・・・・でも、おしやすか」
と、大名道具のような金蒔絵くきんまきえの盤を持ち出して来たが、歳三は見向きもしなかった。
「おなかでも、お痛おすか」
「たのみがある」
「どんな?」
「野暮な用さ」
と、きたい一件を手短に言った。
「そら、難題どす」
大夫は、一笑に付した。ここは仙境で、浮世の用はいっさい語らず持ち込まず、という不文律がある。
「むりか」
「なりまへん」
そのくせ大夫はそっと立って、懇意の仲居に耳打ちしてくれた。
わかった。
その夜、赤沢は、久坂ら長州藩士と一緒に出たが、久坂らは駕篭かごであった。赤沢守人は徒歩である。とすれば、島原の大門おおもんを出た時は、もう別れた、とみていい。歳三は、そうみたい。
ところが、意外なことが判明した。芹沢とその腹心の新見錦も当夜、角屋で遊んでいて、ほとんどその直後の出たという。
小雨が降りはじめていた。芹沢、新見はかさ提灯ちょうちんを借り、このとき新見が、
「赤沢君は、提灯を持って出たか」
「へい」
と、下男がうなずいた。
「角屋の提灯だろうな」
左様さいで」
そういう会話を、下男と交したという。
(なるほど)
歳三は、考えた。千本松原の赤沢守人の死体のそなには、角屋の定紋入りの提灯がころがっていた。
それから数日たった夜。
2023/08/19
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