~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅱ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・上 』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
祇 園「山 の 尾」Part-05
歳三は、その夕、祇園の貸座敷「山の尾」という料亭へ不意にあがった。
「御用である」
と、亭主、仲居をしずまらせた。
「新撰組局長新見錦先生がご遊興中であるはずだが、座視戀はどこか」
「へっ」
亭主は腰が抜けてしまったという。
はなれ・・・でござりまする」
歳三はすばやく手配りをして、同行の沖田総司、斎藤一、原田左之助、永倉新八を、離れ座敷の南に面した中庭に伏せさせた。
「亭主、騒ぐ者、声を立てる者は、斬る」
歳三は、大刀を亭主にあずけ、ひとり悠々ゆうゆうと廊下を渡った。手には大刀を持っている。
赤沢守人の遺品である。
障子に、影が二つ。
爪弾つまびきの が聞こえる。影の一人は、芸妓である。
いま一つの影は、その大たぶさのまげ・・でわかる。新見錦。芹沢の水戸以来の子分で、剣は芹沢と同流同門の神道無念流。腕は免許皆伝である。
新見の腕については、歳三は、屯所げとんしょの道場で、一度、立ち合ったことがあった。
竹刀しないでは互角とみていい。
「たれだ」
新見は、芸妓をつきはなしてひざを立てた。
「私ですよ」
と、歳三は、大刀のコジリで、さっと障子をあけた。
2023/08/19
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