~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅱ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・上 』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
局中法度書 Part-03
「刑がきびしすぎはしまいか」
総長である山南敬助が近藤に助言したとき、歳三は白い眼で山南を見た。
「山南先生」
と言った。
「山南先生とも思えぬ。隊を弱くしたいのですかね」
「たれがそう申した」
山南は気色けしきばんだ。歳三はニコリともせず、
「私の耳には、そう聞こえる」
と、静かに応じた。
いやな奴だ、と山南は腹の底が煮えくりかえるようだったろう。
「山南さん、私はね、日本中の武士はみな腰抜けだと思っている。武士、武士といっても威張れたもんじゃねえという現場を、この眼で何度も見て来た。家禄かろくの世襲と三百年の泰平がそうさせたのだろう。が、新選組だけはそうはさせぬ。真の武士に仕立て上げる」
「真の武士とは、どういうものです」
「いまの武士じゃない。昔の」
「昔の?」
坂東ばんどうい武者とか、元亀げんき天正てんしょうのころの戦国武者とか、まあうまくいえないが、そういうものです」
「土方さんは、存外無邪気であられる」
子供っぽい、と吐き捨てたかったのだろう。そのかわり、山南はほおにあらわな嘲笑ちょうしょうをうかべた。
歳三は、その頬をじっと見つめている。かつて、芹沢鴨と「士道論議」をした時、芹沢の頬に浮んだのと同質の嘲笑が、山南の頬にはりついている。
──b百姓あがりめが。
事実、山南はそんな気持だった。しかし、歳三の心底にも叫び出したいものがある。理想とは、本来子供っぽいものではないか。
「まあいい、酒としよう」
と近藤はとりなした。近藤は、歳三を無二の者とは思っているが、山南敬助という学才の持ち主も失い難い。京都守護職、京都所司代、御所の国事係、見廻組頭取などに出す公式の文書は、そのほとんどを山南が起草する。また諸藩の公用方と会談するときも、山南を帯同する。隊中勇士は多いが、格式のある場所で堂々言辞を張れるのは、仙台脱藩浪士山南敬助だけである。
小姓に酒を運ばせながら、近藤は、山南、歳三の顔をかわるがわる見て、言った。
「私は仕合せだ。山南君の智、歳三君の勇、両輪をあわせ持っている」
が、歳三は単に勇だけの器量か。
近藤も、この歳三の才能について、どれだけ見抜いていたかは、疑問である。山南の智は単に知識だが、歳三には創造力がある。
(みろ、そういう隊を作ってやる)
その夜、歳三の部屋に、おそくまでがともっていた。
例によって沖田総司が、からかいに来た。
「また俳句ですか」
覗き込んだ。
「ほう、局中法度書ほっとがき
歳三は、草案を練っていた。
隊の、律である。歳三の手もとの紙には、この男の例の細字でびっしりと書き込まれていた、五十ヶ条ほどの条項があった。沖田はそれを一つ一つ眼で拾い読んで、
「大変だな」
笑いだした。
「土方さん、これをいちいち隊士に守らせるおつもりですか」
「そうだ」
「五十いくつも項目がありますぜ」
「まだ仕上げてない」
「たまらんなあ、まだこれ以上に?」
「いや、いまから削ってゆく。これを五ヵ条にまでしぼってゆく。法は三章で足る」
「ああ聞きたいことがある。寄席よせでだが。もっともからのどの大将の言葉だったか、こいつは山南さんにでも聞かねばわかrたない」
「うるせえ」
ぐっと、墨で一条、消した。
2023/08/31
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