~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅱ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・上 』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
伊東甲子太郎かしたろう Part-03
「近藤さん、これァ、地雷を抱くようなものだよ」
歳三は言った。
「歳、おめえは、物の好ききらいがつよすぎる。なぜ北辰一刀流が嫌いなのだ」
「剣は嫌いではないがね。あの門流には倒幕論者が多すぎる。それが宛然えんぜん、いま天下に閥をなしるつある」
「おおげさなことをおうものではない」
「でもないさ。血は水よりも濃いといういが、流儀も血と同じだ。流儀で結ばれた仲というものは、こわい」
当今いまでいえば、学閥に似ている。同窓生意識というものである。
新選組の幹部の中で、北辰一刀流といえば、総長の山南敬助、助勤の藤堂平助の二人である。どちらも、江戸の近藤道場の食客だった男で、旗上げ以来の同志である。
ところが、同じ旗上げ以来の同志である近藤、土方、沖田、井上、といった天然理心流の育ちかr田みれば、どこか血がつながっておらず肌合いがあわない。大げさに言えば知識人と百姓の違いであり、当今いまの世情で比喩ひゆすれば、東京の有名大学と地方の名も無い私学の卒業生ほどの色合いの違いはあるだろう。
だから、結成当時。
つまり、清河八郎(北辰一刀流)が幕府の要人に説いて官設の浪士団を作るために、江戸その他近国の諸道場にげきを飛ばした時、近藤の天然理心流には、激さえ廻って来なかった。
かろうじて、食客の二人の北辰一刀流出身者(山南、藤堂)が、こういう動きがあるむねを同流儀の他道場から聞き込んで来て、近藤に、「どうです」と持ちかけたからこそ、こぞって応募することに決したのである。
山南、藤堂らは、大流儀だから、自然、流儀上のつきあいが多い。世間に、顔がある。
歳三は、北辰一刀流の術者の、そういう世間づきあいの広さが気に食わない。もともこれは理窟ではなく、ひがみだが。
「まあ、そう眼鯨めくじらを立てるもんじゃない」
と近藤は言った。
「せっかく、江戸へひとりくだって隊士募集の渡りをつけてまわっている平助(藤堂)可哀かわいそうだよ」
「平助はいい男だがね」
「あれはいい」
「しかし平助の流儀が気に食わない。平助が伊東甲子太郎以下の多数の北辰一刀流術者を連れて帰れば、もはや新選組は、あの流儀に取られたようなものになるよ」
総長の山南敬助が喜ぶだろう。
同流の伊東が来る。自然、手を組む。なりゆきとして、これはどうなるか
「新選組は、尊攘倒幕になるだろう」
「まあまあ」
近藤は手をあげた。
「そういうな。伊東がたとえ毒であっても、毒を薬に使うのは、わしの腕だ」
「どうかねえ」
歳三は、あまりぞっとしない表情で、そっと笑った。
2023/09/17
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