~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅱ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・上 』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
伊東甲子太郎かしたろう Part-04
藤堂平助は、多少の私用と、隊士募集の公用をかねて、江戸に下っている。
同流の伊東甲子太郎を、深川佐賀町の道場に訪ねた。
藤戸平助という青年は、あるいは以前に数行紹介紹介したかも知れないが、
「伊勢の藤堂侯のおとだねだよ」
と自称して冗談ばかり云っている明るい男である。池田屋の切り込みのときには頭を斬られてもうだめかといわれたが、何針か縫っただけでめきめきと回復し、蛤御門ン変では、以前にもました勇敢さで働いた。
近藤は、平助を愛している。古いなじみだし、それに、単純で快活で勇敢なところが、近藤の好みにあっていた。もっとも近藤ならずとも、平助のような若者なら、たれの気にも入るだろう。
ところが。藤堂平助は、古馴染ふるなじみではあっても近藤道場の育ち・・ではない。歳三の擬惧ぎぐする北辰一刀流のほうに、血のつながりがある。平助は、悩んでいたらしい。
「平助が悩んでいる」
といえば、隊のたれもが、笑うだろう。が平助は理屈こそいえない男だが、その思想の底に、水戸学がある。その剣門の影響であり、いわば、血すじと言っていいだろいう。
(新選組は、幕府の走狗そうくになっている。これでは、清河の浪士募集当時、攘夷の先駆になる、といった趣旨が失われてしまっている)
失われたどころか、攘夷の先駆者である長州、土佐の過激浪士を池田屋で斬り、さらに蛤御門ノ変で、正面から彼らと戦った。
(約束がちがう)
藤堂は、そう思っている。もっとも、この男は、隊内では毛ほどもその種の不満を洩らさなかった。洩らせば、歳三に斬られるだけだろう。
蛤御門ノ変後、隊の人数不足が急を告げはじめとき、近藤は、
「私が江戸へ下って募集してみる。ほかに公用もあることだから」
らした。
藤堂は、おどりあがるようにして言った。
「私に、その露払いをさせて下さい。ひとあしお先に江戸に下って、諸道場と話をつけておきますから」
近藤は、快諾した。
藤堂は江戸へ下った。おそらく同門の旧知をたどりたどって、深川佐賀町の伊東甲子太郎にわたりをつけたのだろう
(伊東はもと、鈴木姓であった。かつては鈴木大蔵おおくらと名乗っていた。藤堂が訪ねた時はすでに伊東姓で、伊東大蔵。京へのぼるとき、この年が元治元年甲子・・にあたるところから、甲子太郎と改名した。が、わずらわしいから、ここでは便宜上、伊東甲子太郎という名で、通すことにする)
藤堂平助は、伊東を訪ねて、容易ならぬことを言っている。
「近藤、土方は、裏切り者です」
と言った。伊東は驚いた。
「どういうわけです」
「いや、先年、彼らは、われわれと同盟を結び、勤王に尽くさんと誓ったはずですが、近藤、土方はいたずらに幕府の爪牙そうがとなって奔走するにみで、最初声明したる報国尽忠の目的などはいつ達せられるかもわかり申さず、同志の中で憤慨している者も多い」(新選組永倉新八翁遺談などにる)
「されば」
と、藤堂は、この快活な若者にしては、信じられぬことを言った。
「このたび近藤が出府して来るのを幸い、これを暗殺し、平素、勤王の志厚い貴殿(伊東)を隊長にいただき、新選組を純粋の勤王党に改めたいと存じ、近藤にさきだって出府した次第です」
「ほう」
伊東は、微笑している。だまって微笑しているほか、どういう態度もとれないほどの大事であった。
「私を隊長に?」
「左様」
「近藤君を暗殺して?」
「いかにも」
藤堂は、うなずいた。
「・・・・」
2023/09/18
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