~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅱ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・上 』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
甲子太郎、京へ Part-04
伊東甲子太郎ら一行が八人が、京に入ったのは、元治元年十二月一日である。
この日、ひどく寒かった。
歳三は、昼、自室でひとりめしを食っていた。副長には一人、隊士見習いを兼ねた小姓が付くのだが、歳三は、いっさい、給仕をさせない。
びつ・・をわきに引きつけ、自分で茶碗ちゃわんに盛っては、ひとり食う。子供の頃から、ひとと同座してめしを食うのがきらいな男であった。この点も、ねこに似ている。
「たれだ」
と、はしをとめた。
障子に、影が動いた。
からっと不遠慮に開き、沖田総司が入って来た。
「なんだ、総司か」
この若者だけは、苦手だ。
「どうぞ、召しあがって下さい」
「急用かね」
「いや、ここで拝見しています。私は自分が食がほそいせいか、他人がうまそうにめしを食っているのを見物するのが、大好きなんです。とくに土方さんの食いっぷりを見ていると、身のうちに元気がいてくるような気がします」
「いやな奴だな」
茶をのんだ。
「用かね」
「ごぞんじですか」
「なにがだ」
「近藤先生の休憩所(興正寺門跡屋敷)に、江戸から客人が八人来ています」
「ふむ」
湯呑ゆのみを、置いた。
「伊東だな」
「やはり、勘がいい。伊東って人は色が白くて役者のようにいい男ですが、あとは、弁慶、伊勢義盛といった鬼のような豪傑ぞろいですよ」
「そうかえ」
楊枝ようじを使いはじめた。
「山南先生、藤堂さん、といったところが、やはり同流のよしみで、さっそく挨拶あいさつに出かけたようです」
「妙だな。副長のおれンとこには、一行来着というせも来ていない」
「申し遅れました。私がその使者です。近藤先生から、土方さんを呼ぶように、といつかっています」
「ばか、なぜそれを早く云わない」
「しかし」
沖田は、くすくす笑った。
「なにがおおかしい」
「楽しめますからね、土方さんのお顔の変り方が」
「なにを云いやがる」
「すぐ、興正寺下屋敷まで行って下さいますか」
「行かないよ」
楊枝で、せせ笑っている。歳三は、歳三なりの理由がある。新選組副長が、なぜ新参の隊士の宿所まで出向かねばならない。
「おれのつら・・を見たけりゃ、その伊東さんに、屯所とんしょの副長室まで御足労願うことだな」
楊枝を、捨てた。
沖田は、鼻を鳴らして笑った。からかってはいても、そういう歳三が好きだった。
2023/09/21
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