伊東甲子太郎は、歌才があった。歌におもしろ味はないが、古今、新古今以来の歌道の伝統を律義に踏まえた、教科書的な短歌である。
伊東が新選組加盟のために江戸を離れ、大森まで来た時に、
残し置く 言ことの葉草はぐさの 多さはあれど
言は別るる 袖そでの白露
その時世への心懐を詠よんだ歌としては、
ひとすぢに わが大君の 為ためなれば
心を仇あだに散らし(せ)やはそ
といったぐあいなものがある。
「やあ、日本外史ですな」
と、伊東は、近藤の手もとをのぞいた。
「そうです。私は、大楠公だいなんこうが好きでしてな」
「ああ。──」
伊東は、微笑した。伊東も、水戸学派だから楠木正成を神以上のものとして敬慕している。・
「さすが、近藤先生ですな」
(ばがやろうめが)
と、歳三は思った。近藤の楠木正成は徳川将軍を奉戴ほうたいしているのである。天皇を担いでいる伊東甲子太郎とは、御輿みこしの種類が違っている。
「私も、先般大坂に下向げこうしましたとき、摂海せっかいを視察し、途上、兵庫の湊川みなとがわなる森にまいり、大楠公の墓前にぬかずきました。その時の偶感一首、── 失礼」
と、威儀をただし、自作の歌を朗々と吟じはじめた。
行く末は
かくこそならめ われもまた
湊川原の苔こけのいしぶみ
「おみごと。──」
近藤は、物のわかったような顔で、うなずいた。歳三は、そっぽをむいている。
「そうそう、土方さん。新編成の下相談でしたな」
と、伊東が、現実に戻ったような表情で、歳三に白い顔をむけた。
歳三は、近藤の手もとにある草案を、伊東甲子太郎にまわした。
── 参謀、伊東甲子太郎。
とある。
これはすでに伊東との相談ずみのことであった。その他の伊東派の連中の幹部の席の割りふりも、すべて伊東の意を汲くんである。
こんどの編成では、助勤(士官)という名称を廃し、幕府歩兵を参考にして、フランス式軍制に似たものにした。
「これはみごとな隊制だ」
と、伊東は言い、歳三を見た。見なおしたような顔つきである。
「いや、土方君はこれが得意でしたな」
と、近藤も嬉しそうに言った。組織をつくりあげる歳三の才能だけは、近藤は、天下及ぶ者がない、と評価していた。
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局 長 |
近藤勇昌宣 |
副 長 |
土方歳三義豊 |
参 謀 |
伊東甲子太郎武明 |
組 長 |
一番隊 |
沖田総司 |
六番隊 |
井上源三郎 |
二番隊 |
永倉新八 |
七番隊 |
谷三十郎 |
三番隊 |
斎藤 一 |
八番隊 |
藤堂平助 |
四番隊 |
松原忠司 |
九番隊 |
鈴木三樹三郎 |
五番隊 |
武田観柳斎 |
十番隊 |
原田左之助 |
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伍 長 |
奥沢永助 川島勝司 島田魁 林信太朗 前野五郎 阿部十郎 |
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橋本皆助 茨木 司 小原幸造 近藤芳祐 加納鵰雄 中西登 |
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伊東鉄五郎 久米部十郎 富山弥兵衛 中村小三郎 池田小太郎 |
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葛山武八郎 |
監 査 |
篠原泰之進 吉村貫一郎 山崎烝 尾形俊太郎 芦谷昇 荒井忠雄 |
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名簿のうち、ゴチックは、伊東が江戸から連れて来た者である。このほか伊東派では、服部武雄が隊の剣術師範として幹部待遇、内海二郎、佐野七五三之助は、平隊士にされた。が、腕はいずれも第一級のもので、隊務に馴なれしだい、伍長に格あげをする、という含みがある。 |
2023/10/01 |
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