~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅱ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・上 』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
与兵衛の店 Part-01
「土方歳三をる」
おいう話が伊東一派の間で真剣に論議されるようになったのは、この前後・・・・からであった。
この前後、── つまり、新選組が、京都守護職御預浪士という身分から離れて、徳川家の直参に御取り立てになる、という話が具体化しはじめたころである。
新選組年譜でいえば、彼らが京洛の地で四度目の秋を迎えたころであった。
慶応二年初秋。
参謀伊東甲子太郎は、表むき、
「江戸のころの仲間の供養くようをする」
という届を隊に出し、伊東派のおもだった者を、洛東泉涌寺せんにゅうじ山内の塔頭たっちゅう、戒光寺に集めた。
集まったのは、伊東の実弟である新選組九番隊組長鈴木三樹三郎、同監察篠原泰之進という大物のはかに、伊東の剣術の内弟子であった内海二郎、中西登。それに伊東の江戸以来の同志の伍長ごちょう加納鵰雄、同服部武雄、同監察新井忠雄などである。
そのほか、たった一人だが、新選組以外の人物が混じっていた。
その人物、柱を抱くような恰好で、黙っている。
戒光寺の方丈の一室がこの密会所で、縁側のむこうは、東山のがけをとり入れた灌木かんぼくの多い庭になっていた。
初秋だが、ざしはあつい。
風は、崖の上の大紅葉いちぎょういんの老樹のあたりから吹き落ちて来る。
「伊東さん、離脱。その一手だよ。いまさらむずかしい相談も策もありゃせんじゃないか」
と、篠原泰之進は言った。維新後、秦林親はたしげちかと名乗って官途につき、ほどなく悠々ゆうゆう自適して明治末年八十四歳という長寿で死んだこの久留米浪人は、どこか呑気そうなところがあって、めんどうな策謀きらいだった。
「あんたはね、伊東さん」
と、篠原は言った。江戸以来の伊東の仲間だが、としは七つ八つ上である。
「未練だよ。事ここに至っても、なお新選組を乗っ取って、勤王の義軍にしたいと思っているのだろう」
「思っている」
「策の多い人だ。なるほど今の新選組も三転している。はじめは清河八郎が作り、ついで芹沢鴨せりざわかもたおされて近藤一派が乗っ取りはした。四度目は伊東甲子太郎」
と、篠原は、首筋を鉄扇でぴたぴた叩きながら、
「そうは問屋がおろすかねえ。いまの新選組には桶屋おけやが居るよ」
「桶屋?」
「土方のことさ、野郎は、武州のころは薬売りをしていたそうだが、じつは桶屋だね。ぴたっと板を削って、大石を投げ込んでもゆるまねえようなたが・・を締めてやがる」
「篠原君、よくみている」
と、伊東甲子太郎は、微笑した。
「その桶屋を」
るかね」」
「そう」
伊東はうなずきながら、
「土方さえれば、あとは馬鹿の近藤さ。説けば勤王になる。私には、たびたび中国筋へ同行して、自信はある。あれは、可哀かわいそうに、政治とか思想とかいうものが好きな男だ。きっと鞍替くらがえをさせてみせる
「すると、。問題は桶屋か」
篠原はくすくす笑いながら、
「しかし、強いぜ」
びしゃっ、と鉄扇で首の根を叩いた。秋のはえが、ころりとひざの上に落ちた。
2023/10/14
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