~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅲ』 ~ ~

== 現 代 語 訳『平 家 物 語 上』 ==

著 者:尾崎 士郎
発 行 所:株式会社 岩波書店
第 一 巻   ♪
二十余年の長きにわたって、その権勢をほしいままにし、「平家にあらざるは人に非ず」とまで豪語した平氏も元はといえば、微力な一地方の豪族に過ぎなかった。
その系譜をたずねると、先ず遠くさかのぼって桓武天皇の第五皇子、一品式部卿いっぽんしきぶきょう葛原親王かずらはらのしんのうという人物が、その先祖にあたるらしい。
葛原親王の孫にあたる、高望王たかもちおうは、藤原氏の専制に厭気いやけがさし、無位無官のまま空しく世を去った父の真似まねはしたくないといって、臣籍に降下し、中央の乱脈な政治を見限って、専ら、地方で武芸をみがいてきた。その子良望よしもちから正盛まで六代、諸国の受領ずりょうとして、私腹を肥やす傍ら、武門の名を次第にとろどかしていったのである。
正盛は、白川法皇に仕えて、信任を得、その子忠盛ただもりは、鳥羽院に取り入って、それぞれ、徐々に勢力を拡張していった。といっても、たかが、受領職にある身では、とても昇殿を許されるというところまではいかない。当時にあっては、昇殿を許され殿上人でんじょうびとと親しく交わることが、及びもつかない栄誉であったから、この律義りちぎで賢い田舎いなか武士、忠盛の心に昇殿を望む気持が頭をもたげてきたのは当然の話である。
2023/10/17
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