~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅲ』 ~ ~

== 現 代 語 訳『平 家 物 語 上』 ==

著 者:尾崎 士郎
発 行 所:株式会社 岩波書店
西 光 被 斬 (三)   ♪
一味討たるるの報に、西光法師は、もちろん、陰謀のばれた事を覚ると、馬に鞭を当て、矢庭に院の御所へ急いだ。しかし、それも道を固める平家の侍達に、捕まってしまった。
「西八条のお召しじゃ、早く参れ」
と西光の回りを取り囲むと、この時に及んでも大胆な西光は、
「どうしても申し上げねばならぬことがあって院の御所に行くところだ、帰りに西八条に寄るからそのように申せ」
と人を食ったことを言う。
「何と不敵な男だ、何を院に申し上げるかわかったもんじゃない、そうはさせないぞ」
多勢に一人身の悲しさ、西光は、馬から引きずり下ろされ、しばりあげられて、清盛の面前に連れて来られた。
とにかく、陰謀の首魁しゅかいと目されている男だから、清盛の憎しみも又人一倍で、中庭に引き据えられた西光を見ると、
「よくも、おのれ、この清盛に謀叛の心をおこしたな。それにしても、今そのしばられたざまは何じゃ、何も言えまい、言えるものか、それ、こっちへ引きずれ」
よ縁近く、西光を引きずり出すと、履物をはいた足をあげて、西光の顔を左右に、ごりごりと踏みにじった。
「元はと言えば、たかが北面の侍の分際で、うまく院に取り入って、 父子おやこ諸共、身分不相応の官職をだましとり、目にあまる行いは前々から腹に据えかねていたが、此度このたびは、罪もない天台座主に無実の罪をなすりおつけ、それでも事足り兒ず、この平家滅亡の陰謀をめぐらした張本人、今はもう」全てを諦めて、素直に白状しろ」
と怒鳴りつけた。西光は名だたる業の者であったから、先程から、顔の色一つ変えず、傲然ごうぜんと清盛の言葉を聞いていたが、
「全く余計なことまで仰有おっしゃるお人だ、そういうことはこの西光の前では、口を慎んだ方が安全ですよ。とにかく、私は院に仕える身だから、院の執事しつじである成親卿が、院の御命令といって催されたことには、もちろん参加するのは当然のことで、それを、荷担しないなどとは申してはおりませんがね。唯一つさっきから黙って承っていると耳ざわりな事を仰有る。私が身分不相応で、下臈げろうの分際だというのなら、一体貴方は何ですか、公卿から軽蔑されていた刑部卿忠盛の子というだけで、十四、五mの頃までは無位無官、京わらべからさえ、高平太たかへいだと言われて、さんざんからかわれていたくせに、それが海賊を追っ払ったのがきっかけで、とんとん拍子に出世したまででしょう。その貴方と、北面の武士の子で、受領になった私とじゃ、余り違わないどころか、余り大きな口をきくとぼろが出ますぜ」
と言い返した。
清盛は、真っ赤になって怒り出した。唇ばかりぶるぶる震えて、とっさに言葉も出ないほどである。とにかくしゃべらせておくと又何を言い出すかわからないし、言葉の上では分が悪い。
清盛は、松浦太郎重俊まつだいらたろうしげとしをかえり見ると、
「直ぐにも首を打ちたい奴だが、陰謀の全部を白状するまでは、責めて責めて責め抜いてやれ」
といいつけると奥へ入ってしまった。
重俊は、主人の言葉通り、あらゆる拷問を加えた。西光はここまで来ては別に隠し立てすることもなかったから、ありのままに白状した。白状の調書は、四、五枚に記され、用がなくなると、
「あいつの口をさいて、斬ってしまえ」
という清盛の命令通り、五条、西朱雀にしすざくで首を討たれた。
続いて、先に、流罪中の西光の嫡子加賀守師高、師経、その弟の帥平もそれぞれの場所で首をはねられた。
2023/11/03
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